肌の色

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 共通の祖先から分かれて以降の時間が短いため、人種集団に見られる違いの大半は自然選択によるものと考えられる。そんな違いのひとつが肌の色である。
 私たちにもっとも近縁の動物であるチンパンジーは、密生した体毛をもつため、その皮膚にはほとんど色素がない(チンパンジーは「白人」だと言える)。そしてチンパンジーとヒトの共通の祖先もおそらく皮膚は白かっただろう(ヒトは5百年前にその祖先から枝分かれした)。したがって、アフリカ人(およびアフリカで生まれた初期の現生人類)に特徴的な肌の色の濃さは、その後のヒトの進化の過程で生じたものと考えられる。体毛を失ったことにより、日光に含まれる有害な紫外線から皮膚細胞を守るために色素が必要になったのだ。
 今日では、紫外線が皮膚がんを引き起こす仕組みが分子レベルで明らかになっている。紫外線は、二重らせんの中のチミン塩基同士を結合させ、DNA分子の中に「よじれ」を作る。そのDNAが自己複製するとき、このよじれのために間違った塩基が挿入されて突然変異が起こる。その突然変異がたまたま細胞成長をつかさどる遺伝子上に生じると、がんができる可能性が生じるのである。
 皮膚細胞によって作られる色素、メラニンは、紫外線による損傷を減らすために役立つ。私のように絶望的なまでに真っ白な人はよく知っているように、日焼けは(それで死ぬことはまずないにせよ)、皮膚がんよりもはるかに直接的な悪影響を及ぼす−ひどい日焼けから細菌感染を起こしてしまうのだ。肌の色の濃さは、がんを防ぐだけでなく日除けによる感染も防ぐという意味で、自然選択により選ばれてきたのに違いない。
 それでは、高緯度地方に住む人々はなぜメラニンを失ってしまったのだろうか?もっとも説得力があるのは、皮膚でビタミンD3を合成するには紫外線が必要だからという説だ。ビタミンD3は、強い骨を作るのに必要なカルシウムを摂取するうえでなくてはならない栄養素である(ビタミンD3が欠乏すると、くる病や骨粗鬆症になる)。私たちの祖先がアフリカを離れ、年間紫外線量が少なく四季のはっきりした地域に移動したとき、自然選択により色の薄い変異体が選ばれたのだろう。なぜなら皮膚の色素が少ない方が、より少ない紫外線量で効率的にビタミンD3を合成できるからだ。
 同じことがアフリカ内での移動についても言えるだろう。たとえば南アフリカの紫外線の強さは地中海とほぼ同じで、そこに住むサン族はかなり薄い色の肌をしている。では、ほとんど太陽が照らない北極周辺に住むイヌイット族は、なぜ肌の色が濃いのだろうか?彼らの環境ではいつもたくさんの衣料を着込まなければならないことを考えると、ビタミンの生産はいっそう少なくなりそうだ。実をいえば、彼らには薄い色の肌を選ぶ選択圧はかからなかったらしい。彼らはビタミンD3の豊富な魚中心の食事をすることにより、この問題を解決したのである。

 ここに書かれていることが本当なら、私たちの祖先はメラニンを持っていなかったが、アフリカ時代にメラニンを獲得した。しかし、紫外線の量が少ない一部の地域に住む民族は、その環境に対応して、メラニンを失っていったことになる。