言語とヒト以外の動物の伝達システムとの違い

 スティーブン・ピンカー著「言語を生みだす本能〈下〉 (NHKブックス)」からの引用。

 言語もヒト以外の動物の意思伝達システムと明らかに違っている。ヒト以外の動物の伝達システムは、三種類の設計のいずれかを基本にしている。有限個の鳴き方(肉食獣がきたと警告する叫び、自分のテリトリーだと主張する叫び、等)、なにかの規模を知らせる連続的なアナログ信号(たとえば、仲間に蜜のありかを知らせる蜂のダンスは、蜜の量が多いと動きが激しくなる)、ある主題をランダムに変化させる(鳥はさえずるたびに少しずつ旋律を変える。羽を持つチャーリー・パーカーといったところか)の三種類である。ここまで見てきたように、人間の言語は基本設計がまったく異なっている。人間の言語は「文法」という体系を基本にしているから、無限(複合語や文の数には限りがない)であり、デジタル(体温計の水銀のように連続体が伸縮して変化を表現するのではなく、非連続要素を特定の順序、特定の組合せで配列して無限性を実現する)であり、合成的(無限の組合せのそれぞれは独自の意味を持つが、その意味は構成要素の意味と、配列に要したルールや原理の意味から予見できる)である。

 ピンカーは、チンパンジーやゴリラに言語を覚えさすプロジェクトなどは、茶番であり、科学的ではないと言っている。その理由をいくつか述べているのだが、像の鼻と同じく、言語はヒト固有のもので、ヒト以外の動物と根本的な差異があると述べている。そのひとつが、ここに引用した文法を基本としている点だ。そして、脳の構造に関しても差異が見られると述べている。

 脳のなかで占める部位も、人間の言語に特有である。霊長類の叫び声は、大脳皮質ではなく、系統発生的にはそれより古い神経構造である脳幹と大脳辺縁系(おもに情動に関与する)が制御している。人間も、すすり泣き、笑い声、うめき声、苦痛の叫びなどの言語以外の声は、皮質下の部分が制御する。金槌で指を叩いてしまったときの罵声は言語の一部のようだが、これも皮質下構造が制御するので、ブローカ失語症で言葉を失った人も、罵声は発することができる。しかし、前章で見たように、本来の言語は大脳皮質の、主としてシルヴィウス裂溝周辺に位置する。

 このことは、言語を司る脳の部分が、叫びや笑い声、そして泣き声といった感情を発するときに制御している部分と異なることを意味している。そして、ヒト以外の動物もこの制御部分を持っている。しかし、言語を司る脳のしくみをヒト以外の動物は持ち合わせていないことを示している。
 普通、よっぽど興味がない限りは、学生時代を除き、生物に関する書物を読むといったことは無いのではないだろうか。事実、自分も社会に出てから何冊か生物に関する本を読んだが、他の分野の本に比べると非常に少ない。しかし、最近の生物学の進展は、目を見張るものがある。特に、ゲノムの解読で新たにわかってきた事柄など分子生物学の発展が、今までの見方を大きく変える知見をもたらそうとしている気がする。動物行動学一辺倒だった生物学から一歩外に出た感がある。、