予防的な取組方法(Precautionary Approach)と予防原則(Precuationary Principle)

 五月兎の赤目雑感に、Precautionary Principle とPrecautionary Approachの違いが書かれている。ちょっと古い資料になるが、約2年半前の化学物質と環境円卓会議(第8回)議事録で、この問題が討議されている。ゲストとして、参加された千葉市環境保全部長(データは2年半前なので役職は違っている可能性あり)の早水さんが、環境省時代にストックホルム条約の交渉会議でこの問題が議論されていたことを語っている。
 Precautionary Approachは、当初、「予防的方策」と訳されていたが、POPs条約を訳すときに、「予防的な取組方法」に統一することになったらしい。
 その定義は、1992年のリオ宣言で以下のように定義されている。

Principle 15
 In order to protect the environment, the precautionary approach shall be widely applied by States according to their capabilities. Where there are threats of serious or irreversible damage, lack of full scientific certainty shall not be used as a reason for postponing cost-effective
measures to prevent environmental degradation.

予防的取組方法*(precautionary approach)は、環境を保護するため、各国の能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な危害の脅威のある場合には、完全な科学的確実性の欠如を理由に、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期してはならない。

 一方、早水氏に言わせると、Precuationary Principleは、特定な定義がないと言っている。EUの予防原則(Precuationary Principle)は、「リスクについて科学的に確定していなくても何らかの対応策をとろうとする考え方」で、これに、「挙証責任の転換」という言葉が加わってくる。「検証責任の転換」とは、「安全性の証明を企業側がすべきである」という考え方で、グリーンピースなどが前から提案している考え方だ。
 このEUの予防原則の考え方は、科学による調査の前に、何らかの形で政治が介入すべきであるという考え方だ。
 早水氏によると、EUは、ストックホルム条約の前文に「目的にPrecautionary Principleを記述すべきである。対象物質の追加に当たっては、あらゆる段階で予防的な考え方を導入すべきであり、科学的議論だけで結論を出すのではなく、締約国会議で必ず政治的な判断のプロセスを入れるべきである。」と主張したらしい。
 これに対して、日本やアメリカなどは、「1つ目は、Precautionary Principleは国際的に合意されておらず、定義がないので、個別の条約に、ここで新たに導入することは不適当である。当時あったリオ宣言のPrecautionary Approachを利用すべきであるということ。2番目は、追加物質の検討に当たっては、科学的議論を尊重すべきであり、特に最初のスクリーニングレベルまで政治的判断を持ち込むべきではない。」と主張したそうだ。
 Precautionary PrincipleかPrecautionary Approachかについての結論は、「ここではPrecautionのあり方を議論する場ではなく、Precautionary Principleを新たに定義する場でもない。POPsは蓄積し地球に不可逆的な影響をもたらすので、これはまさしくリオ宣言のPrecautionary Approachに該当する物質である。物質の追加については、予防的考え方も導入するが、今までリスク評価を行ってきたので、これを無視することはおかしい。」という考え方から、基本的にはPrecautionary Approachでいくことになった。
 これは、国際条約を決める協議のなかで議論された内容であり、国際的な見解と見て良いと思う。つまり、国際的に見れば、予防的な取組方法が使用されており、予防原則はローカルな言葉となる。


 ところで、環境ホルモン訴訟の原告弁護団の一人である中下弁護士が、この化学物質と環境円卓会議に第一回から市民サイドとして出席している。第8回でも、中下弁護士が発言しているのだが、このころはまだわれわれにわかる主張をしている。リスクゼロの考え方に近いが、EUの予防原則に関しても、もう少し柔軟性を保たせても良いのでは的な発言をしている。この2年半の間に何があったのだろう。現在の恫喝的な発言とはかけ離れているような気がする。