EUの予防原則

脇阪紀行著「大欧州の時代」からの引用。

 環境や人間の健康を守るために、とくに重視されているのが、環境破壊や健康被害が現実に引き起こされる前に対応処置を取る「予防原則」である。確固たる科学的証拠がなくても、危険性が十分疑われるならば、使用や販売を止めよう。疑わしいものは被害が発覚する前に規制しよう。こうした予防原則の理念は、92年、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球環境サミットの宣言にもうたわれ、国際的な規範としても確率した。

 この予防原則に基づいて、環境に関する指令が発令されている。第一の指令は、家電製品のリサイクルの方策を定めた「廃電気電子機器指令」(WEEE指令)。第二の指令は、リサイクルを円滑に進めるための「特定有害物質使用制限指令」(RoHS指令)。そして、第三の指令が化学物質の安全性について企業による評価、確認義務を導入した「化学品の登録・評価・認可・制限規制」(REACH指令)。
 EUの場合、環境総局の方が企業総局よりも強い時期が続いていた。だが、バローゾ委員長になってから、競争力強化のかけ声とともに、企業総局の発言力が強まっているらしい。

 欧州議会は比較的環境問題に熱心だ。議会内で第4番目の少数派とはいえ、緑の党グループが欧州共通の党網領を作るなど、活発な動きを見せている。中道左派の社会民主党勢力や中道右派のキリスト教民主党勢力にも、環境問題で存在感を示して、市民にアピールしようという姿勢がうかがえる。

 前からEUの環境に対する政策は、極端に市民側に傾いているなと思っていたが、緑の党などが議会勢力として存在しているのであれば、そうなってしまうも当然だろう。しかし、第三の指令であるREACH指令に対して、英仏独の科学産業界が反発したらしい。当然、アメリカや日本もこの指令に対して反発した。反対理由は、安全性実験やリスク評価が企業に負わされることによって、コスト負担が増加し、欧州産業界の競争力が失われてしまう、というものだった。

 2005年11月、欧州議会において、REACH規制案は、いくつかの修正を経て、可決された。年間1トン以上、生産、あるいは輸入される化学物質の安全性の立証責任を産業界が負うという基本方針は守られたものの、産業界のロビー活動を受けたキリスト教民主勢力、社会民主党の二大界派の合意によって、実験・評価する化学物質の範囲を狭くするなど、産業界の主張が取り入れられた。
(中略)
 日本と違って、一つの法案が出来上がるまでにかかる時間はかなり長い。欧州議会で可決された規制案は、同年12月、閣僚理事会にかけられたが、認可条件などで異論が出た。理事会案は06年再度、欧州議会の討議に付され、合意が得られるまで協議が続く。

 環境政策に関しては、日本の方が一歩先を行っている感じがする。日本も当初、ダイオキシン問題や環境ホルモン問題に関して予防原則にそった政策をとった。しかし、化学物質の環境リスクは、必ずしもゼロにはならないこと、どんな物質でもベネフィットがあり、それを考慮に入れいて対策を打つ必要があること、そして、リスクにはトレードオフが存在することなどから、化学物質に関しては、リスク評価論に移っている。