左右の対称が崩れるしくみは(3)

 デイヴィッド・ウォルマン著「「左利き」は天才?―利き手をめぐる脳と進化の謎」からの引用。

 おもしろいのは、この回転歯車のような繊毛が左右の別を決めていると仮定すると、カルタゲナー症候群と呼ばれる人間の遺伝疾患がうまく説明できることだ。この病気にかかると、男性不妊、呼吸器疾患、さらには患者の半数に内臓の配置が左右逆になる症状が現れる。廣川が教えてくれた話によると、左胸を撃たれたのに助かった強盗がいて、それはカルタゲナー症候群の患者だったために心臓が右にあったからだという。
 一見したところ、上の三つの症状は無関係なものの寄せ集めにしか思えない。だが、じつは一つの共通点で結ばれている。男性不妊の原因は精子が動けないことにある。精子は、廣川の繊毛に似た鞭毛を使って泳ぐのに、その鞭毛が動かないのだ。同様に、胚のなかの繊毛も働かなくなるため、有害な痰を吐き出すことができずに呼吸器に障害が生じる。患者の半数に内臓逆位が見られるのも、胚が発達する過程のどこかでコイントスの結果がランダムだったしるしだ。プロペラが回転しないと右から左へのはっきりした流れが生まれないため、大切な物質がでたらめな方向に漂っていくのを思い出して欲しい。カルタゲナー症候群の症状は、こうして廣川の繊毛の存在ですべて端的に説明できる。カルタゲナー症候群の原因遺伝子が働くと、どういうわけかこの細い髪の毛のような組織が全身で機能しなくなる。精子でも、肺でも、そして胚に左右非対称の発達を促すタンパク質においてもだ。カルタゲナー症候群との関係が明らかになったことで、平川の仮説の信頼性はさらに増したと言える。

 このカルタゲナー症候群という症状は知らなかった。どのぐらいの割合でこの症状の人がいるのかもわからない。遺伝子疾患は原因がわかっても治療法が見つかっていないものが多いように思う。原因究明から治療法確立への道が開けることをせつに願っている。