ホイルの貢献(2)

 19世紀中頃、宇宙論研究者たちは、水素とヘリウム以外の原子がどうやって生成されたのかをうまく説明できなかった。ビッグバン・モデルでは、水素とヘリウムはビッグバンが生じたときに生成したとしている。そして、その生成量は、今の水素とヘリウムの宇宙全体量と一致していた。しかし、他の原子は、相当高い圧力と相当高い温度がなければ生成しない。そしてなによりも原子によって生成する温度が異なる。これらをうまく説明する方法が見つからなかった。
 フレッド・ホイルは、定常宇宙論の提唱者の一人だが、原子の生成過程を解明することは、どちらの宇宙論にとっても重要と考え、この問題に取り組んだ。
 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (下)」からの引用。

 ホイルは、重力による崩壊の脅威と、それに対抗する外向きの圧力とのバランスに関する理論的研究のことはよく知っていた。しかし彼が知りたかったのは、このバランスが崩れたときにどうなるかだった。とくにホイルは、星の一生の終わり近く、水素の燃料が尽きはじめたときに何が起こるかに興味があった。燃料が足りなくなれば、当然、星の温度は下がる。温度が下がれば外向きの圧力も小さくなり、重力が勝って星は収縮を始める。しかしホイルは−ここが決定的に重要なのだが−この収縮だけで話しが終わりではないことに気づいたのだ。
 星が内向きに崩壊しはじめると、星の中心部が圧縮されて温度が上がり、外向きの圧力が高まって崩壊を食い止める。圧縮されたときに温度が上がるのにはいくつか原因があるが、そのうちのひとつは、中心部が圧縮されたために核反応が促進され、熱の生成量が増えることだ。
 生成される熱の量が増えると、星はひとまず安定を取り戻すが、それはあくまでも一時的なものでしかない。星の死は少し先延ばしになっただけなのだ。星はさらに燃料を消費し続け、残り少ない燃料がふたたび尽きてくる。燃料が足りなくなればエネルギーは生み出せないから、中心部の温度は下がりはじめ、ふたたび崩壊が始まる。するとまたしても中心部の温度が上がり、一時的に崩壊を食い止めるが、それも燃料が足りなくなるまでのことだ。崩壊が止まっては再開するこのプロセスを経て、多くの星はゆっくりと死に向かって進んでいく。
 ホイルは、さまざまな星(小さな星、中ぐらいの星、大きな星、種族Ⅰ、種族Ⅱなど)を調べる仕事に着手し、数年間この研究に打ち込んだすえに、各種の星が一生の終わりに近づいたときに、内部の温度と圧力がどのように変化するかをすべて計算してのけた。わけても重要だったのは、星が死に向かって激しい崩壊を繰り返すとき、それぞれの段階でどんな核反応が起こるかを調べ上げたことだ。そしてホイルは、極端な高温と高圧がさまざまな組合せになるために、幅広い質量領域の原子核ができるという決定的な事実を明らかにした。
 こうして、どのタイプの星も一生のあいだに内部の条件が劇的に変化するため、何種類かの元素が合成するるつぼになれることがわかってきた。さらにホイルの計算は、われわれが目にするほぼすべての元素について、なぜ今日のような存在比になっているのか−なぜ酸素や鉄が豊富で、金やプラチナが稀なのか−までも説明した。
 非常に重い星は例外的なケースで、いったん崩壊が始まると止まらなくなり、あっというまに死んでしまう。これが超新星で、星の死の中でもとくに荒々しく、他に類のない激烈な爆発となる。ひとつの超新星で、普通の星なら百億個の明るさを上まわるエネルギーが放出されることもある。ホイルは、超新星の極端な環境によってめったに起こらない核反応が起こり、とくに重くてめずらしい原子核が作られることを示した。
 ホイルの研究がもたらしたもっとも重要な成果のひとつは、星の死が元素合成プロセスの終着駅ではないとわかったことである。星が激烈な崩壊を起こすと途方もなく衝撃波が生じ、それが星を吹き飛ばして、星を構成していた元素を宇宙にばらまく、ここで重要なのは、ばらまかれた元素の中には、星の一生の最終段階になって初めて起こる核反応で合成されたものもあることだ。これらの星くずが、すでに死んだ星から吐き出されたくずや、その他宇宙に漂っているあらゆるものと混じり合い、最終的には凝縮して新しい星になる。こうしてできた第二世代の星は、最初から重い元素を含んでいるため、元素合成という観点からは一歩先んじたスタートを切る。つまり、これらの星が爆発して死ぬときには、もっと重い元素が合成されるのだ。われわれの太陽は、おそらく第三世代の星だろうと考えられている。

 実は、最初最後の段落だけを引用するつもりだった。しかし、元素合成のメカニズムがどうやって理論化されたかを知らないと「へー、そんなものか」で終わってしまう気がしたので、ホイルの部分だけだがその過程も引用した。このホイルの発見は、非常にすばらしいことだと思う。この本を読む限り、ホイルにはノーベル賞が贈られていないみたいだが、このことだけでも十分にノーベル賞に値すると思うのだが。