ニグのはなし

 岸本佐知子著「ねにもつタイプ」(筑摩書房)からの引用。

 幼いころ、私には何でも話せる無二の親友がいた。
 それも三人。名前は、大きい方から順に、大ニグ、中ニグ、小ニグといった。
 ふだん、ニグたちは、ただの毛布のように見える。正方形の、薄手のウールの大、中、小三枚組で、くすんだブルーと、くすんだピンクと、淡い灰色の四角形が交互に並んだ柄だった。私が生まれたとき、誰かがくれたものらしい。
 それが、いつの頃からニグになったのかは定かではない。気がついたときには、もうニグはニグだった。
 右手の人さし指を立てて、その上に大、中、小のどれかをかぶせる。その根本を、残りの四本指でぎゅっとにぎる。それだけで、毛布はたちまちニグに変身する。(中略)
 ニグたちと私は、もっぱら唾液を通じて友情を確かめ合った。ニグの、ショールにくるまれた頭を、口に含んでチュウチュウと吸う。するとニグもお返しに、濡れた顔で私の頬や額にピタピタとキスをしてくれる。チュウチュウ、ピタピタ。そうやってお互いが唾液まみれになり、同じ匂いになればなるほど、ニグと私の絆は深まるのだった。
 だが、絆が最高に深まった頃を狙いすましたかのように、洗濯という悲劇が襲ってくる。幼稚園から帰ってくると、濡れそぼって変わり果てた姿になった大中小のニグが、物干しからぶるさがっている。私は悲嘆にくれ、乾くまでその下でしゃがんで待った。そうしてまた失われた絆を取り戻すために、せっせと唾液の交流をはかり、コショコショと小声で話し合い、時には秘密を打ち明け、時に教わり、時に悩みを相談した。

 幼い記憶の片隅に誰もが持っている思い出ではないだろうか。僕の場合、名前こそなかったが、幼稚園から使用していたタオルケットと熊の縫いぐるみがニグだった。もちろん絆を深めるために唾液を使用したし、ニグと同じ匂いを共有して過ごした。
 ニグからいつ卒業したかは秘密だが、小学生も後半までお世話になっていたような気がする。