すべての言語に共通する句の構造

 さて、いつもだとスティーブン・ピンカー著「言語を生みだす本能」から引用と書くところだが、この章は、どうもポイントを一部の引用で示すのが難しい。また、内容を十分理解していない可能性がある。いくつかの部分を引用しながら進めていくことにする。

 最近の言語学的発見のなかでもとりわけ興味をそそるのが、世界のあらゆる言語の、あらゆる句が共通の構造を持っているらしい、という発見である。

 「らしい」、「発見」という表現を使用しているので、証明はされていない内容ということになる。もっとも、すべての言語について調べるという作業はまず不可能だろうから生理学的にこれが証明されないかぎり真実とは言い切れないのかもしれない。
 言語には4つのスーパールールがあると著者ピンカーはいう。

  1. ヘッド:句に名前を与え、その句がなにについて語っているのかを決める。
  2. 役割の担い手:これらは従属句(Nバー、Vバー)のなかに、ひとまとめにされる。
  3. 修飾句:NバーやVバーの外に位置する。
  4. 主語

 ヘッドとは、句全体の意味の核になる部分で、例えば、「帽子のなかの猫(cat in the hat)」という名詞句の場合、帽子が主体ではなく、猫が主体である。したがってこの句のヘッドは猫である。
 次の「役割の担い手」。実はこの辺から混乱し始めている。解釈が間違っている可能性もあるので、あまり参考にしないで欲しい。自分の理解では、句は、ヘッドとそれ以外にまとめられる。このそれ以外が、Nバー(名詞を含む従属句)やVバー(動詞を含む従属句)などである。そして、その外に修飾句を置くことができる。また、主語は、その役割が特殊なので、別扱いにされる。主語は、句の前に置かれる場合と置かれない場合がある。
 英語の場合、名詞句では、まず、名詞があり、役割の担い手がそれに続く。動詞句でも、まず動詞があり、役割の担い手がそれに続く。名詞句、動詞句ともに、修飾語は後に、主語は前に置かれる。
 このルールは、名詞句や動詞句だけでなく、前置詞句や形容詞句でも同様だと著者はいっている。

 「ホテルで(in the hotel)」という前置詞句(PP)を例にとろう。ヘッドは前置詞の「in」で、これは、「内部の領域」というようなことを意味する。つぎに、どんなもののなかなのかを表す役割を担った語、ここでは「hotel」がくる。形容詞句(AP)も同様だ。「狼が恐い(afraid of the wolf)」という形容詞では、ヘッドの形容詞「afraid」が先頭にあり、恐怖のもとを表す役割の担い手がそれに続く。
 共通の青写真が見つかったとなれば、話し手の頭のなかでおきていることを表すのに、長々とルールを書き連ねる必要もなくなる。英語全体について、スーパールールが二つありさえすれば、足りるのかもしれない。

 そして、著者は、英語に関して、

 Xバーは、ヘッドと、それに続く任意の数の役割担い手で個性される。

 としている。Xには名詞、動詞、前置詞、形容詞などが入る。句のルールは共通だということだ。ここで、はたと考えてしまう。日本語の場合はどうだろうか。

 日本語では、動詞が目的語の後ろに位置する。「Kenji ate sushi」ではなく、「ケンジが すしを 食べた」となる。(だから、前置詞ではなく後置詞とい)。形容詞も補語のうしろにきて、「taller than Kenji」ではなく、「ケンジ より 高い」となる。疑問文の語順まで逆になり、「Did Kenji eat?」は「ケンジは 食べた か」となる。日本語と英語は互いに、鏡像関係にあるといっていい。

 そこで、一カ所だけ修正し、次のようにすれば言語共通のルールになると著者はいっている。

 Xバーは、何れかを先にする、ヘッドXと、任意の数の役割担い手で構成される。

 つまり、ヘッドの位置と役割担い手の位置は逆転してもよいということを追加したのだ。

 チョムスキーにようれば、順序を規定しないスーパールール(原理)は普遍的、かつ人間生得のもので、子どもが特定の言語を習得するときも、生まれつきスーパールールを持っているから、ルールの長いリストを覚える必要がなくてすむ。知るべきことはただ一つ、自分の母語のパラメータ値が、英語のように「ヘッドが先」なのか、日本語のように「ヘッドがあと」なのか、というだけである。これは、両親の話し言葉に登場する文のなかで、動詞が目的語の先に位置するか、うしろに位置するかに注目するだけで、答えが出せる。