統語の階層構造

 V.S.ラマチャンドラン著「脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ」からの引用。
 言語の起源についてラマチャンドランは、次のようではないかと推測している。

視覚的外形と聴覚表象とのあいだに共感覚的なクロスモーダルの抽象化が先に進行している。また紡錘状回の視覚領野と、脳の前方部にあって発声や構音に関与する筋肉の運動プログラムをつくっている(すなわち唇や舌や口の動きをつかさどっている)ブローカ野とのあいだにも、非恣意的なクロス活性がある。あらにもう一つ、手に関与する領域と口に関与する領域とのあいだにもクロス活性がある。
 これらの三つの脳のなかの共感覚的なクロスモーダルの抽象化が先に存在して、それが一緒に動くと、相乗的なブートストラッピング効果が生まれ、それがなだれのように作用して、原始的な言語の誕生に至った。

 統語の階層構造(例えば「彼は、私が彼の妻と情事をもったことを彼が知っていることを私が知っていることを知っている」とか「彼女は彼女の嫌いな女の子にキスした男の子をたたいた」など)の起源については、こう語っている。

 言語がもつこの階層的な入れ子構造はどこからきているのでしょうか?一つには、セマンティックス(意味)から、すなわち抽象概念に関与するTPO領域からきていると私は考えています。抽象概念(と意味)が統語構造に流れ込み、その進化を「導く」役割をはたしたという可能性はあります。しかし、統語の階層的なツリー構造の進化には、道具使用もある程度の貢献をしたかもしれません。初期のホミニドは、道具使用にすぐれ、とくにサブアセンブリ(下位部品組み立て)として知られるテクニックにたけていました。一片のフリント石をヘッドにしたて(第一段階)、それに柄をつけ(第二段階)、その全体を道具あるいは武器として使う(第三段階)。この機能と、名詞句のセンテンスへの入れ込みは操作的によく似ています。ですから、ひょっとするともともとは手の領域で道具使用のために進化したものが、いまでは外適応してブローカ野にとりいれられ、階層的な入れ子など統語の諸面に使用されているのかもしれません。
 これらの作用のそれぞれは小さなバイアスですが、連動して働き、高度な言語の誕生への道をつけたのかもしれません。これは、言語はコミュニケーションという単一の目的のために一歩ずつ進化した特異的な適用だとする、スティーブン・ピンカーの考えとは非常に違います。私はそうではなく、他の目的のために進化したいくつかのメカニズムの偶発的、相乗的な組み合わせが、のちに転用されて、私たちが言語と呼んでいるメカニズムになったと考えています。これは進化の過程ではよく起きることなのですが、神経学や心理学においては、こうした考えかたがまだ浸透していません。神経学者がしばしば説明づけとして進化を見落とすのは、奇異な感じがします。ドブジャンスキーがかつて述べたように、生物学では何ごとも、進化を考慮に入れないかぎり意味をなさないのですから。

 スティーブン・ピンカーの言語の進化説の部分は、以前、本で読んだのだが、ピンとこなかったので引用していない。脳の中での視覚と聴覚、そして口と手を司る部分それぞれにクロス活性が先にでき、狩りや道具を作るのに利用されていた。このクロス活性が同時に起こることで言語が生まれてきたというラマチャンドランが推測している説の方が、我々一般人にはわかりやすいと思う。