水素とヘリウムの比率

 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (下)」からの引用。

 一ヶ月が過ぎるごとに、アルファーは、ビッグバンから数分後のヘリウム形成が正しくモデル化できていることに自信を深めていった。彼がいっそう確信を強めたのは、自分の計算が現実世界とよく合っているとわかったときだった。アルファーは、ビッグバン元素合成の時期が終わった段階で、10個の水素原子核に対し、ヘリウム原子核はおよそ1個存在すると見積もっていたが、これはまさしく天文学者が今日の宇宙に見いだしている比率と同じだった。つまりビッグバンは、今日われわれが目にする水素とヘリウムの比率を説明することができたのである。アルファーは、他の元素の形成については本格的なモデル化にまだ取り組んでいなかったが、水素とヘリウムの形成を観測された比率で予測しただけでも、重要な意味をもつ大成功だった。なんといってもこれら二つの元素は、宇宙に存在するすべての原子の99.99パーセントを占めるのだから。
 それより数年前に天体物理学者たちは、星は水素をヘリウムに変えることで自らに燃料を供給していることを明らかにしたが、星の原子核反応はゆっくりしか進まないため、星の元素合成によっては、存在が知られているヘリウムのほんの一部しか説明ができなかった。しかし、アルファーは、ビッグバンがあったと仮定することにより、ヘリウムの存在比を説明することができたのだ。この結果は、ビッグバン・モデルにとってハッブルが銀河を観測して赤方偏移を求めて以来の大きな勝利だった。

 アルファーは、ガモフのもとに入った若手研究者で、これをもとに博士号を取得する。ビッグバン・モデルでは、最初の5分間でヘリウムができたことになっている。つまり、水素からヘリウムができる核融合は、最初の5分間で終了し、その後の圧力と温度では、核融合が起きなくなったのである。ガモフは、「ごく初期の宇宙では温度がきわめて高かったため、すべての物質はもっとも基本的な形に分解していた」と仮定していた。つまり、陽子と中性子と電子がバラバラの状態で飛び回っていたと仮定したのである。この状態をガモフは、「アイレム」と名付けた。「アイレム」は中性英語の言葉で、「元素を形成するもとになった原初の物質」という意味があった。