スケールアップとナンバリングアップ

 超臨界流体を利用した化学プロセスの説明の中で、ナンバリングアップという言葉が出てきた。勉強不足なのだが正直言って、最初意味がわからなかった。
 山形大学工学部物質科学工学科の宍戸さんが、スケールアップとナンバリングアップの違いを説明されているので、引用する。

化学工業におけるスケールアップ
 化学技術者が,社会の役に立つためには二つのステージがあると考えている。誤解を恐れずザックリと分けてしまえば,一つは,実験台の前にへばりつき,新たな物質を創造するというようなシーズを産み出すステージ,で,もう一つが,産み出したシーズを,安全に,安く,大量に生産し,世に送り出すためのプロセス開発のステージだ。このセカンドステージでの仕事は,試験管レベルでの反応を最終的にドラム缶の何十倍,何百倍というスケールにすることである。製品を世に送り出すということはそういうことだ。その最終目標に到達するための仕事が「スケールアップ」と言われるものである。
 要するに,試験管からビーカーに,さらにバケツサイズを経てドラム缶に,最終的に石油コンビナートのようなサイズにという具合に逐次的に反応器のサイズを大きくし生産量を増やすのである。それぞれのサイズの反応器は「デスクトップスケール」,「ベンチスケール」,「パイロットスケール」などと呼ばれている。スケールを一段大きくする毎に出てくる何らかの不具合に「ケミカルエンジニア」が対応していく。原料を迅速に温めることができずに,温度分布のあるままで反応器に導入し,反応率の低下を招いたり,望ましくない副反応などが起こり収率の低下を引き起こしたり,あるいはスケールが大きくなって反応熱の除去が間に合わずにヒートスポットが形成したり,反応が熱暴走し,最悪の場合には爆発事故が起きたり,などなど,..。スケールアップの過程でのトラブルは枚挙に暇が無いだろう。
 こうしたスケールアップの過程でのトラブルを如何に回避するか,効率良くプロセスを構築するにはどうするか,といった問題に答を出すのが,「ケミカルエンジニア」であり,そのための道具立てとして体系化されたものが「化学工学における単位操作」である。また,化学工学では「無次元数」というものを導入し,こうしたスケールアップ過程の効率化を図っている。大きな装置でも小さな装置でも,この「無次元数」を同じにすれば,内部で起っている物理現象は基本的に同じだということになる。
 化学工学という工学的方法論が「単位操作」や「無次元数」という形で体系化された背景には,このような「スケールアップ」という過程が存在する。しかし,如何に優れた方法論があっても,スケールアップというのは,最終的には「試行錯誤を繰り返しながら」反応器を次第に大きくする作業であることは間違いない。個々のあらゆるトラブルに対処するための真に普遍的な方法などないからである。結果として,そこには膨大な費用と時間,人が必要とされる。そして,それらは全て「開発費用」という形態で製品価格に上乗せされていくのである。

 スケールアップに関しては、現在の化学プロセスがそうなっているので、上記説明のとおりであり、指摘されている問題点が現状の化学プロセスの課題となっている。

 21世紀を目前にしたころ,こうした化学工業におけるスケールアップというルーチンワークの在り方に対して根本的な見直しを迫るような考え方が提唱された。それが「マイクロリアクタ」であり,「スケールアップ」に対する「ナンバリングアップ」である。平たく言えば,試験管でできた反応をわざわざドラム缶サイズまで大きくせずに,試験管を1万本集めればいいだろうという考え方である。小さな反応器も数を集めれば(ナンバリングアップすれば),大きな反応器の生産量に匹敵する。このストーリーの魅力は圧倒的である。なにしろ,実験装置と実生産装置との間の同一性が確保でき,実験室での結果を即座に量産規模に移行できる可能性すらある。スケールアップという過程に要する経費と時間などが化学工業にとって如何に頭を悩ませる問題だったかということだろう。「マイクロリアクタ&ナンバリングアップ」という考え方に基づいて(実はここに大きな落とし穴があったと考えているのだが),方々の大学や研究所で様々な反応に関して検討が行なわれ始めた。かくいう私もその一人だった。学会での「マイクロリアクタ」の会場はいつも満員御礼状態だった。

 マイクロリアクタという化学プロセスの中に、ナンバリングアップという考え方が導入されたらしい。このマクロリアクタの最新機器については、ここで紹介されている。
 宍戸氏によれば、ナンバリングアップを前提としてマイクロリアクタの課題は、マイクロ空間にコントロールされた強力な乱流状態を実現すること。「超高圧のマイクロ噴流」を反応場にする「マイクロリアクタ工学」にはさらにいくつかのメリットというか,付加的な効果があるとしている。
 これは、まさしく超臨界流体の世界ではないのか。