ウイルスが結晶化

 岡田吉美著「ウイルスってなんだろう (岩波ジュニア新書)」(岩波ジュニア新書)からの引用。

 ウイルスが結晶化されたということは、科学者にとって大きな衝撃でした。ウイルスはどんどん自分と同じものを増やしていきます。それは見かけ上、細菌と同じです。このように自分と同じものをどんどん増やしていく、すなわち自己増殖するという性質は、生命をもった生き物だけに与えられた神秘的なものだと考えられていました。たから、生き物を調べる生物学者と、物質を取り扱う化学者や物理学者との間には大きな壁があり、それまでお互いの交流はほとんどありませんでした。
 ところが、自己増殖できるウイルスが結晶化されたのです。結晶化されるということは、分子が三次元的に規則正しく配列しているという証拠で、いわば単純な化合物であるということです。いいかえれば、生命と物質の境がはっきりしなくなったのです。このときから物理学者や化学者が、ウイルスという生き物の解明に参入することになりました。TMV(タバコモザイクウイルス)の結晶化は、TMVを植物の一つの病気の病原体から、新しい生命科学の時代を切り開くスタートに飛躍させることになったのです。

 ウイルスがどんなものなのか?案外知っている人は少ないかもしれません。実際、この私もほとんど知識がありません。
 でもその存在は、インフルエンザウイルスや口蹄疫などで体験したり、ニュースで聞くなどして知っています。
 この本によると、ウイルスが発見されたのは19世紀の終わり頃、1898年、実際にウイルスの構造が明らかになり、電子顕微鏡で観察できたのは、20世紀に入ってからでした。
 そして、この驚くべき話につながります。ウイルスが結晶化されたのです。ウイルスは、タンパク質を結晶化する技術を用いて、結晶化できたそうです。
 しかし、その構造は、タンパク質だけではありませんでした。
 当初、ウイルスは、その振る舞いから細菌と同じようなものと考えられていました。増殖できることから生物だと考えられていたのです。
 しかし、結晶化できるということは、ここに書かれているように単純な化合物だということを意味しています。ただ、結構複雑な構造をもつタンパク質も結晶化することを考えると必ずしもそうとは言えないのかもしれません。
 タンパク質は、複雑な高分子です。また、いろいろな構造をとることができることが知られています。従って、ウイルスもいろいろな構造をとれるのかもしれません。
 また、ウイルスが生物学者と化学者や物理学者との接点になったという話もおもしろいと思いませんか。
 生き物とはどういうものか、という命題が化学者や物理学者のテーマとなりうることが、このころからわかりかけてきたのだと思います。
 20世紀の初頭から中頃までは、そんな時代だったのだと思います。