遺伝の暗号文(染色体)

E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。

 「四次元的な型」というのは、卵細胞が受精してから、成熟して生殖を行いはじめる成熟期に至るまでの個体発生の全期間に関するものを意味する。
 この四次元型の全体は、受精卵なるただ一個の細胞の構造によって定められることが知られている。しかも、それを本質的に定めるは、受精卵細胞のほんの一小部分(細胞の核)の構造であることがわかっている。
 この核は、その細胞の正常の「休止状態」においては、細胞の中の一部に拡がっている染色質の網目として見えるのが普通だ。しかし、真に重要な細胞分裂の行われている期間には、一組の粒子からできているように見える。
 この粒子は、普通ひも状または棒状の形をしており、染色体と呼ばれ、数はたとえば8本とか12本とかで、人間の場合、48本である。この染色体は、2×4、2×6、というように全体が二組になっている。一組は母(卵細胞)からきたもので、もう一組は父(受精させる精子)からきたもの。これらの染色体の中に、その個体の将来の発展と成熟したときの体の働きの型(パターン)の全部が、一種の暗号文の形で含まれている。
 染色体の構造は、それがあらかじめ定めている成長発育を実際に起こす道具の役割をも果たす。建築設計図と大工の腕とを一緒にしたものに例えられる。

 Wikipediaによると、染色体は、DNAとヒストンでできている。DNAは酸性であるが、ヒストンが塩基性タンパク質のため、染色体全体では中和されて安定だという。染色体は、全体が対になっていて、片方は父親から、もう片方は母親から受け継がれる。この染色体の中にあらかじめ定められている成長発育の情報が記憶されている。今日では、DNAのみで全てが行われるのではないことがわかっている。1940年当時は、DNAそのものがその道具としての役割もはたすと考えられていたのだろう。

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