新しい理論が受け入れられるメリットとは?

 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (上)」からの引用。ニュートンの重力理論が常識だった世の中で、アインシュタインの新しい重力理論が受け入れられた理由が記載されている。

 物理学にとってはニュートンの重力理論で十分だったというのに、なぜ物理学者は突然それを捨て、アインシュタインの新奇な理論を採用しなければならなかったのだろうか?ニュートンの理論を使えば、リンゴから惑星まで、あるいは大砲の弾から雨粒まで、あらゆるものの振る舞いをうまく予測できたというのに、いったいアインシュタインの理論にはどんなメリットがあるというのだろうか?
 その答えを知るためには、科学の進展のしかたを見ればよい。科学者たちが理論を作るのは、自然現象をできるかぎり正確に説明したり予測したりするためである。一つの理論は数年、あるいは数十年、ときには何世紀ものあいだ満足のいく結果を出してくれるかもしれないが、いずれ科学者たちはより良い理論−すなわち、より正確で、より広い状況に適用でき、それまでは説明がつかなかった現象を説明できる理論−を作り上げ、それを採用することになる。このプロセスはまさに、宇宙における地球の位置をめぐって天文学者たちが経験したことだった。彼らははじめ、静止している地球のまわりを太陽が回っていると考え、その理論は−プトレマイオスの周転円や道円のおかげで−まずまずの成功を収めていた。実際、天文学者たちはこの理論を使って、惑星の運動をかなりの精度で予測していたのである。それでも最終的には、太陽中心の宇宙理論が地球中心の宇宙理論に取って代わった。ケプラーの楕円軌道を基礎とする新しい太陽中心の理論は、より正確だっただけでなく、金星の満ち欠けなど、望遠鏡を使って得られた新しい観測事実を説明することもできたからだ。古い理論から新しい理論への切り替えは、長く苦しいプロセスだったが、いったん太陽中心の正しさが明らかになってからは、二度と元に戻ることはなかった。

 サイモン・シンは、本物の科学理論についてこう書いている。

 本物の科学理論は、観測もしくは測定可能な予測をしなければならない。そして、実験もしくは観測の結果が理論の予測と一致すれば、その理論は受け入れ、より大きな科学の枠組みに組み込んでいく根拠となる。一方、もしも理論の予測が間違っていて、実験や観測の結果と矛盾したなら、どれほど美しくてシンプルだったとしても、その理論は捨てるか、あるいは少なくとも修正を加えなければならない。

 ニュートンの理論は、重力など比較的力が弱い場合には成り立つが、強い力が働く場合に理論が成り立たない可能性があったらしい。

 アインシュタインは、自分もこれと同様のプロセスを経て、重力に関するより良い理論−すなわちより正確で、より現実世界に近い理論−を物理学に提供しているのだと信じていた。とくに彼は、ニュートンの重力理論はある条件下では成り立たなくなりそうだと思っていたが、彼の理論はあらゆる状況下で成り立ちそうだった。アインシュタインの考えでは、ニュートンの重力理論は、重力が極度に強い環境下では不正確な予測をするはずだった。したがってアインシュタインが自分の正しさを証明するためには、重力が極度に強い環境でのシナリオを探し出し、自分の重力理論とニュートンのそれとを検証しさえすればいい。現実世界をより正確に再現できたほうがこの勝負に勝ち、正しい重量理論であることが示されるだろう。

 アインシュタインは、自分の理論のほうがニュートンの理論よりも正しいことを証明する方法はわかっていたが、それを証明するには、一つ問題があったみたいだ。それは、地球上でどんなシナリオでも重力はそれほど強くならないことだった。そこでアインシュタインは宇宙に目を向けることになる。そして、太陽に一番近い水星と太陽の間で働いている重力場なら、ニュートンの理論が成り立たない現状がありうることに着目する。