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クルックスの予想

 トーマス・ヘイガー著「大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀」(みすず書房)からの引用

 一八九八年年、イギリスのプリストルにある音楽ホールで、白くなりかかったあごひげと口ひげをきれいにそろえ、ワックスで長い針のように固めた細い男が、ある予言を発した。(略)「イギリスをはじめとするすべての文明国家は、いま死ぬか生きるかの危機に直面している」
 クルックスの声は明瞭で、話しかたは穏やかだった。ホールには沈黙が広がり、聴衆は緊張して彼の次の言葉を待った。彼は説明を続ける。このまま何も手を打たなければ、とくに先進国家の多くで、おびただしい数の人間が餓死しはじめるだろう。これは二つの単純な事実から考えて、受け入れざるをえない結論だ。その二つとは「人口が増えていること」その一方で「食物の生産量が減っていること」だ。近年、衛生状態の向上と医療の発達のおかげで、しばらく前から人口は増えつづけていた。水道の整備や消毒薬の使用などがその例だ。これらは人類の大きな勝利である。しかし同時にそれが驚異を招いている。人口がふえているのに土地は限られている。さらに作物を育てる範囲はそれより少ない。その土地がすべて耕され、できるかぎりの作物が植えられている間にも人口は増えつづける。感度も作物が植えられた土壌はやせていく。そうなれば必ず集団的な飢餓が起きるだろう。彼は独自の調査結果から。一九三〇年前後から多くの人が飢餓によって命を落としはじめると推測した。(p.10-11)

 これは、一九世紀末の予想である。人口増加に対する危惧はこのころもあったらしい。ただ、その危惧の内容は作物不足による飢餓であり、現在の地球温暖化ではなかった。
 この本、「大気を変える錬金術」は、空気から固定窒素をつくるハーバー=ボッシュ法を発明した二人の化学者の物語らしい(まだ最後まで読んでいないので断定できない)。その物語の入り口でこのクルックスの予想が登場する。その後、一八世紀から一九世紀にかけて世界規模で天然肥料の争奪戦起こった事実を伝え、二人の物語へと進む展開みたいだ。
 一九世紀末の人口はおそらく二〇億人程度だっただろう。その時点で、食物を育てられる土地にかぎりがあること、天然肥料には限度があり、人口増加のスピードに追いついていけないことを一部の科学者が気づいていたのだ。
 現在の地球温暖化に疑問を呈する人が数多くいるように、この時代も飢餓に対する危機感は少なかったらしい。
 しかし、飢餓に関する危機は多くの人たちが想像していたよりももっと過酷なものだった。
 現在、我々の中にも、地球温暖化に疑問を持っている人は多いかもしれない。しかし、ここで見方や対処法を間違えるととんでもない現実が訪れる可能性がある。
 そんなことを予感させる本になりそうだ。