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今週のトーキング・with・松尾堂(その1)

 今週のトーキング・with・松尾堂のゲストは、作家・作詞家の松本隆さんと作家の絲山秋子さんだった。
 松本隆さんは、僕らの年代で知らない人はいないと言い切れるほど有名な作詞家。はっぴいえんどの元ドラマー兼作詞家であり、近藤真彦松田聖子の作詞を多く手がけていたことでも有名な人だ。阿久悠なきあと、日本を代表する作詞家といえば、第一に名前が出てくるヒットメイカーである。
 個人的は、10曲中9曲作詞をしている大瀧詠一のロングバケーションというアルバムの詩が大好きなことから、松本隆ファンである。ただ、この松本隆という人は、どうも天才肌らしく、取っつきにくいタイプの人らしい。
 司会者である店長の松尾貴史さんが、「詩の源になったものはどこから吸収したものなのか」という質問を場面を変えて何度もするのだが、そのたびにうまくはぐらかされてしまう。「本はほとんど読まない。新聞も読まない。テレビも見ない」と言われ、「じゃあ、どうやってネタを仕入れているのかと尋ねられると、「何もみない。ぼうっとする。頭をいかに空っぽにするかだ」と答えが返ってくる。
 だが、よくよく考えてみると、「元ネタがわかるようなかたちで出てきたものは創作物とは言えないのではないか」と言っているような気もする。吸収した知識がそれぞれ混ざり合って、脳の中で自分のものになっていく。余分な情報はそぎ落とす必要があるし、何よりも創造と結びつられるようにフッとわき上がってくるようなものにしなければならない。何がネタかわかるかたちではまだ創作として不十分なのだろう。だからぼーっとして、フッと何かが浮かんでくる状態を作る必要がある。ものを生み出すためには、想像もつかない苦労がそこに必要なのだ。