完全数の性質

 再びサイモン・シン著「フェルマーの最終定理」からの引用。

 ピュタゴラスは、完全数はその約数の和に等しいだけでなく、ほかにもいくつかのエレガントな性質を持つことに気づいた。一例を挙げれば、完全数はつねに連続した自然数の和として表すことができる。
  6=1+2+3
 28=1+2+3+4+5+6+7
496=1+2+3+4+5+6+7+8+9+\dots+30+31
8128=1+2+3+4+5+6+7+8+9+\dots+126+127
 ピュタゴラスは完全数に非常に興味を引かれたが、この特別な数を見つけるだけで満足していたわけではなく、もっと深い意味を見出したいと思っていた。彼が見抜いたことの一つに、完全数は“2べき”と緊密なつながりをもつということがあった。4(2×2)、8(2×2×2)、16(2×2×2×2)などの数字は2のべき数であり、2^nと書くことができる。ここでnは、2を何回掛けたかを表す。これら2のべき数はいずれも、完全性を微妙に欠いている。というのは、これらの数の約数の和は、つねにその数自身よりも1だけ小さいからである。つまり少しだけ不足があるのだ。
2^2=2\time2                  =4 約数 1,2 約数の和=3
2^3=2\time2\time2            =8 約数 1,2,4 約数の和=7
2^4=2\time2\time2\time2      =16 約数 1,2,4,8 約数の和=15
2^5=2\time2\time2\time2\time2=32 約数 1,2,4,8,16 約数の和=31
 こうしてピュタゴラスは“2べき”と完全性とのつながりを発見したが、それに磨きをかけたのが二世紀後に登場するエウクレイデス(ユークリッド)だった。エウクレイデスは、それまでに見つかっていた完全数はつねに二つの数の積で表され、その一方は2のべき数、他方は次の2のべき数から1を引いたものになることを発見したのである。
6=2^1\time(2^2-1)
28=2^2\time(2^3-1)
496=2^4\time(2^5-1)
8128=2^6\time(2^7-1)
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 こういうことこそ、小学校の授業で子ども達に教えたらいいのではないだろうか。数字の魅力を感じてもらえるし、数字に興味を持ってくれるのではないだろうか。もちろん、べき数の考え方がわからないと面白くないかもしれないが、2を何回掛けるかを説明すれば十分に理解できると思う。
 ピュタゴラスの時代、数学はまだ宗教的位置付けが強かったようだ。ピュタゴラスの一派もそうした自然崇拝型の教団だったらしい。この本によると楽器で利用されている弦の倍音についてもピュタゴラスが発見したらしい。
 町の本屋さんで、哲学書と宗教書、そして科学書が同じコーナーに並べられているのをよく見る。確かに出所は一緒かもしれないが、その性格上この三つの分野は全く違うものになっている。最近、ニセ科学本も氾濫しているが、そうした本が宗教書として置かれている分には違和感がない。しかし、そうした本が科学書のコーナーに置かれている場合、思わず宗教書のコーナーに移したくなる。少なくとも宗教書と科学書を並べて置くのはやめてほしい。