生物体は「負エントロピー」を食べて生きている
E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。
生物体というものが不思議に見えるのは、急速に崩壊してもはや自分の力では動けない「平衡」の状態になることを免れていることだ。
生きている生物体はどのようにして崩壊を免れているのか?ものを食べたり、飲んだり、呼吸をしたり、植物の場合には同化作用をすることによって、と答えられる。学術上の言葉では物質代謝(メタボリズム)という。
物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしても作り出さざるえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにある。
シュレーディンガーは、この前の節で、生きていない物質について、こう書いている。
生きていない一つの物質系が外界から隔離されるかまたは一様な環境の中におかれるときには、普通はすべての運動が色々な種類の摩擦のためにはなはだ急速に止んで静止状態になり、電位差や化学ポテンシャルの差は平均化されて一様になり、化合物をつくる傾向のあるものは化合物になり、温度は熱伝導により一様になる。そのあげくには系全体が衰えきって、自力では動かない死んだ物質の塊にある。目に見える現象は何一つ起こらないある永久に続く状態に到達する。物理学者はこれを熱力学的平衡状態あるいは「エントロピー最大」の状態と呼ぶ。
つまり、普通の物質は、エネルギーが安定する状態に急速に変化していくのに対して、生き物は物質代謝をすることでそれを免れているというのだ。
例えば、鉄を考えてみるとよいかもしれない。錆びた鉄をヤスリか何かで削って、鉄の表面を出してみるときれいな金属光沢が出てくる。鉄の表面は、鉄の内部に比べてエネルギーが高いため、不安定な状態になっている。そこで、周りにある酸素と結合して酸化鉄になって安定になろうとする。この化学反応は、明らかに生き物がその形を維持しているよりも短時間で起こる。そして、元の錆びた鉄の状態を維持しはじめる。ただ、もっと長いスケールで考えるとこの例えは正しくないのかもしれない。
人間の体の各パーツは、同じ形を維持しているように思えるが、それを形成している原子や分子は、常に入れ代わっている。従って、見かけ上は同じものでも、中身は常に入れ代わっていることになる。これが物質代謝と言われるものだ。何ヶ月か前の自分と今の自分は同じように見えるが、実は違った新しい原子や分子で構成されているのである。
前回までのE.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約
- E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞
- 統計物理学からみて、生物と無生物とは構造が根本的に異なっている
- 原子はなぜそんなに小さいのか?
- 生物体の働きには正確な物理法則が要る
- 物理法則は原子に関する統計に基づくものであり、近似的なものにすぎない
- 法則の精度は、多数の原子の参与していることがもとになっている
- 第二の例(ブラウン運動、拡散)
- 測定の精度の限界
- 分子数の平方根の法則
- 古典物理学者の予想は、決して詰まらぬものとは言い捨てられないが、誤っている
- 遺伝の暗号文(染色体)
- 生物体は細胞分裂(有糸分裂)で成長する
- 有糸分裂では、すべての染色体がそれぞれ二つになる
- 減数分裂と受精(接合)
- 遺伝子の大きさの限界
- 遺伝子の永続性
- 突然変異種は育種可能である、すなわちそれは完全に遺伝する
- 遺伝子の座、劣性と優性
- 突然変異は稀な出来事でなければならない
- X線によって引き起こされる突然変異
- 量子論(飛び飛びの状態)量子飛躍
- 分子
- 分子の安定度は温度に依存する
- 数学的な説明の挿入
- 非周期性の固体