遺伝子の大きさの限界

E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。

 一個の遺伝子の占める容積は大ざっぱにいって、1辺300オングストロームの立方体の容積に等しい。
 300オングストロームというのは、液体または固体の中での原子間の距離の約100ないし150倍にすぎないので、一つの遺伝子が原子をおよそ100万ないし数百万個以上は含まないことは確かだ。
 この程度の数では、統計物理学により秩序正しい規則的な行動が必然的にでてくるにはあまりに少なすぎる。
 遺伝子はおそらく一個の大きなタンパク分子であり、その中ではおのおのの原子や基や原子の環の一つ一つは、それぞれ固有の役割を演じ、他のいずれの同種の原子・基・環とも、多かれ少なかれ異なる役割を演じている。

 分子数の平方根の法則で、シュレーティンガーは、100万という原子数では、統計物理学的に見て、秩序を与えるほどの精度が期待できないと指摘していた。ところが、遺伝子に含まれる原子の数はおよそ数百万個であるらしい。そうなってくると原子が集団で行動するときとは違った何かの力が底に働いていなければならない。
 そこで、シュレーディンガーは、遺伝子が大きな一つの高分子だろうと推測する。ここで、指摘しているように遺伝子は一個の大きなタンパク質ではなかったことが今ではわかっている。しかし、一つの高分子だとし、原子がいくつか組み合わさって、それぞれの役割を演じていることを指摘したことに、その当時の多くの物理学者に感銘を与えたのだろう。


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