法則の精度は、多数の原子の参与していることがもとになっている

E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。

 細長い石英の管に酸素ガスをみたして、それを磁場の中に入れると、ガスが磁化される。この磁化は、酸素の分子が小さな磁石であって羅針盤の針のように磁場の方向に平衡に向きを転ずるという事実に基づくものである。
 ただし、分子磁石が実際にことごとく磁場に平衡に向きを揃えるのだと考えてはいけない。なぜなら磁場の強さは二倍にすれば、その酸素ガス全体の磁化の強さは二倍になるのであって、この比例関係は磁場の強さがきわめて高くなるまで保たれ、磁化の強さは外から加えられる磁場の強さに比例して増加するからである。
 これは、純粋に統計的な法則の特に明瞭な例である。磁場が分子の向きを揃えようとする傾向は、分子の熱運動によって耐えず妨げられる。従って、両者の拮抗の結果、実際には分子の双極子の軸と磁場の方向とのなす角が鋭角であるものが、鈍角のものよりほんのわずか数が多いことになる。個々の分子はその方向を絶えず変えているが、平均として磁場の方向に向くものの数がわずかだけ多くなり、それが磁場の強さに比例するのである。
 もし、観測される弱い磁化が本当に、二つの拮抗する傾向(一つはすべての分子を平衡に揃えようとする磁場、もう一つはその向きをでたらめに乱そうとする熱運動)の結果であるならば、磁場を強める代わりに熱運動を弱めても磁化の強さを増すことができるはず。
 それには、温度を下げればよい。このことは実験によって確かめられている。それによると磁化の強さは絶対温度に逆比例し、定量的にも理論と一致する(キューリーの法則)。
 このような現象はまったく、多数の分子が一緒に共同動作をして、観測にかかるような磁化状態をつくりだしている。

 磁気をかけた石英管の酸素分子がすべて同じ方向を向くわけではない。磁場の中の酸素分子は、熱運動によってあらゆる方向を向こうとしている。そこに、磁場の影響を受け、まったくランダムな方向を向いている酸素分子のうちいくつかがある方向に向いている状態なのだろう。
 そして、磁場が強くなればなるほど酸素分子のその傾向は強くなっていく。ある力を受けて秩序性を持ち始まるためには、統計的にある一定以上の分子が同じ動作を示さなければならない。逆にいうと、一定以上の分子が同じ動作をしない限り、そこに秩序は生まれないし、当たり前だが法則も成り立たない。
 シュレーディンガーが言っていることは、しごく当前のことだ。自分は、普段、法則とはどんなものなのかをあまり深く考えないで、法則という言葉を使っていることが多い。こういう基本的な意味を突き詰めていった後に、新しい方向性が見えるというのが物理の世界なのかもしれない。

前回までのE.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約