なぜ、2を0回掛けると1になるのか?なぜ、2を−1掛ける[tex:{1 \over 2}( = 2^{-1} )]とになるのか?

 河田直樹著「優雅なe^{i\pi} = -1 への旅」(現代数学社)からの要約。

 まず、2を0回掛けると1になるのは、指数の割り算を考えるとイメージできる。

  1. 2^{5} \div 2^{1}  = 2^{4}(4 = 5 - 1  )
  2. 2^{5} \div 2^{2}  = 2^{3}(3 = 5 - 2  )
  3. 2^{5} \div 2^{3}  = 2^{2}(2 = 5 - 3  )
  4. 2^{5} \div 2^{4}  = 2^{1}(1 = 5 - 4  )

 では、をで割ったらどうなるだろう?

2^{5} \div 2^{5}  = 2^{0}

 これは、2^{5} \div 2^{5}を分数の形に書き換えると、

{{2 \times 2  \times 2  \times 2  \times 2 } \over { 2 \times 2  \times 2 \times 2  \times  2 }}  = 1

 だから、

2^{0} = 1

 となる。
 同様に、2^{5}2^{6}で割り算すると、

{2^{5} \div 2^{6}}  = {{ 2 \times 2  \times 2  \times 2  \times 2  } \over { 2 \times 2  \times 2  \times 2  \times 2  \times 2  }}  = {1 \over 2}  = 2^{-1}

 となり、

2^{-1} ={ 1 \over 2}

 となる。

 子どもの頃は、数学の公式や物理の定理などは憶えるものだった。憶えた公式や定理を使って、数学や物理の問題を解くのが好きだった。だから、その公式をどうイメージして憶えるかなどは考えずに、ただそういうものとしか考えずに憶えてしまったような気がする。
 大人になって、社会人になると、数学や物理は、普段の生活や仕事の中で顔を出すことはほとんどなくなり、計算といっても足し算・かけ算・引き算・割り算までで事足りることになっていた。
 こうして、子どもの頃に憶えた数学の公式や物理の定理は、記憶の彼方に消え去り、憶え出すこともできない始末になってしまった。
 30歳を過ぎた頃から、そのことが不安となり、10年一昔と昔は言ったが、10年も経てば新しい発見がそこにあるはずということで、その時期に書かれた物理や数学の本をもう一度読み直してみようと思い立った。しかし、その時は、少し世の中は変わったかな?と感じたに過ぎなかった。確か、その頃は、パソコンもようやくウィンドウズ95が発売された頃で、まだまだ、情報量は少なかったし、出版されている本もそれほど多くなっかったと記憶している。
 40歳を過ぎて今一度物理と数学の本を読み直してみると、30歳の頃に読んだときのイメージとガラリと変わって、世の中は激しく動いているんだなあと感じられた。20世紀後半に産声をあげた技術が開花しだし、30歳の頃とは見違えるほど、進化するスピードが速くなっていた。
 これは、大変だということで、45歳を過ぎ、もう一度物理や数学をチェックしてみると、さらにいろいろなことが起き始めている。しかも、それを理解するには、基礎的な知識が必要で、それは、子どもの頃憶えた数学の公式だったり、物理の定理だったりする。
 と、いうわけで、数学と物理を今一度勉強し直そうと考えた。ただ、昔のように、ただ暗記するのではなく、公式や定理の意味を考えながら思い出してみようと心がけている。そろそろ頭の回転も遅くなっているような気がするが、なんとか、子どもの頃に近づけたい。