ド・ブロイの式

 ケネス・W・フォード著「【送料無料】不思議な量子 [ ケネス・W.フォード ]」からの引用。

 ド・ブロイが学位論文に書いた式は、以後、アインシュタインの式E=mc^2に肩を並べるほどの重みをもつとわかる。こういう単純な式だった。
λ=h/p
左辺のλは波長を表す。右辺はプランク定数hを運動量pで割ったもの(古典物理で運動量pは、質量mと速度vの積だから、重いほど、また速いほど大きい。相対論では、質量ゼロの粒子にも運動量を考える)。つまりド・ブロイの式は、波を表す量(波長)と、粒子を表す量(運動量)を結びつけた。古典物理ではまず関係のない二つの量が、プランク定数を「のり」にして「量子的」に結ばれたといってよい。
 ほかの方程式と同じくド・ブロイの式も、見た目以上のことを語る。まずは、計算のやりかたを教えてくれた。たとえば電子線の波長を測れば、電子の運動量がはじき出せる。中性子線の運動量が測れたら、その波長がわかる。
 ド・ブロイの式で運動量は分母にあるから、運動量が大きいほど波長は短い。高エネルギー加速器が巨大なのは、巨大な運動量をもつ粒子をつくりたいからだ。そんな粒子は波長がうんと短いので、ミクロ世界の細かい構造を調べるのに使える。
 ボーアの水素原子モデルでは、エネルギー最低の状態(基底状態)にいる電子の速さは秒速およそ200万m(2\times10^6m/s)となる。電子の質量をかけた運動量をド・ブロイの式に代入してみれば、「電子の波長」が約3\times10^{-10}mだとわかる。ボーア理論が予言する円軌道の長さとぴったり一致したため、ド・ブロイは掛け値なしに興奮した。
 この結果から、「電子の波は、軌道を一周したあと山と山がぴったり重なって強め合うよう、波長のちょうど整数倍が軌道の長さになる」という自己増強の原理にだどり着く。電子を波とみれば、電子軌道のサイズやエネルギーが実測の値になる理由もわかる。ほかの波長では、一周するとずれてしまい、山と山がぴったり重ならない。事実、その状況で電子の波が軌道を回り続けたら、干渉でたちまち消えてしまう。
 いまにして思えば、軌道を電子が走るというド・ブロイの発想もやや単純すぎた。完成した量子力学によると電子の波は、軌道をぐるぐる回っているというより、原子内の三次元空間に広がっているとみるのが正しい。電子自体も空間に広がっていて、くっきりした軌道を描くわけではない。それでもド・ブロイが産出した電子の波長は、原子のサイズによく合うし、波の考え方で原子の実態に迫る道を拓いた。