強い力

 ケネス・W・フォード著「【送料無料】不思議な量子 [ ケネス・W.フォード ]」からの引用。

 グルーオンのイメージは、こんなふうに考えればいい。陽子1個をバスケットボールの大きさにふくらませたとしよう。ボールの「皮」を除き、球状の空間だけを残す。その空間内に、けっして漏れ出ることなく、3個のクォークが右往左往している。きれいな三色に塗り分けてあると思ってもよいが、一つご注意を。クォークは「点」である。大きさはないのに、質量・カラー・スピン・電荷・バリオン数をもつ不思議な存在だ。
 そんなクォークたちが、たえずグルーオンを放出・吸収しながら、軽やかに飛び交う。だからバスケットボールの中にあった空間は、三つどころか何十もの粒子を含み、そんな粒子たちが動き、生まれ、消滅するダンスをくり広げている。グルーオンたちは、クォークと同様大きさはなく、カラー・反カラーなどの性質をもつが、クォークと違って質量はない。奇跡すれすれの世界だ。粒子たちの集まり全体で、色は「無色」、電荷は(陽子なので)合計+1単位、バリオン数は合計1単位、スピンは合計1/2になる。
 バスケットボールの「皮」があった面から外にさまよい出ようとしたクォークは、強い力でグルーオンに引き戻される。遊び場から出ようとした子どもを先生がぐいっと引き戻すようなものか。重力や電気力は距離が遠いほど弱まるが、この「強い力」は不思議なことに、距離が遠いほど強まる。だから、クォークとグルーオンが飛び交う陽子に「皮」はいらない。グルーオンはクォークを「国境」で取り締まり、国境に近づくほど力は強まるため、どんな粒子も外に出てゆけない。陽子の中心あたりでは、どのクォークもかなり自由にうろついている。
 クォークもグルーオンも個別には観測できない。力が距離とともに強まるから、粒子のどれかを解放するわけにはいかないのだ。

 このあたりになってくると、「ふ〜んそんなものなんだ。」としかいいようがない。物理学者の頭のなかはどうなっているのだろうか。