物理世界の単純さ

 ケネス・W・フォード著「【送料無料】不思議な量子 [ ケネス・W.フォード ]」からの引用。

 身近な物理世界は、それほど単純とはいえない。うまく単純化できていないからこそ、天気予報は当たりにくい。水面に立つさざ波も、風にそよぐ木の葉も、たき火から立ち上る煙も、単純な形に表現できるものではない。
 大ざっぱにいうと、複雑さには三つの階層がある。最上層をなす身近な世界(さざ波、葉のそよぎ、天気)は、複雑きわまりない。その下には、過去数百年に科学者がつきとめた驚異の単純さがある(ニュートンの重力、マクスウェルの電磁力、ディラックの電子)。
 しかし、いちばん深い層では、また複雑さが顔を出す。単純さから少しだけ外れた複雑さだ。だがそれは、身近な環境の複雑さとはまるでちがう。たぶんもっと深いところにひそむ絶妙な単純さを反映するものだろう。たとえば、数行であっさり書けるアインシュタインの一般相対論は、なんとも単純に見える(アインシュタインの式は、空間と時間だけで重力を説明するほか、あらゆる落下物体を重力が同じだけ加速する理由も示した)。しかし一般相対論の方程式は、ニュートンの逆二乗則が完全には正しくないと語るのだ。
 かたや量子力学場の理論)は、美しい単純な基礎方程式とわずかな概念だけで、私たちが真空=無と呼ぶものの実態は、粒子たちがたえず生成・消滅する活き活きとした世界だと教えてくれた。なんとも名伏しがたい単純さ、名伏しがたい美といえよう。

 物理の法則は、どれも非常に簡潔で美しい単純さをもっている。しかし、新しい理論が生まれるとそれ以前に存在していた法則が、完全なものではなく、近似であったことを示す。アインシュタインの理論は、ニュートンの法則が近似であったことを示している。そして、量子の世界など最も深い層では、その近似が成り立たないことが実験の結果示されている。
 著者は、今の理論の先にもっと単純化された法則があると予想している。それがヒモ理論なのかそれとも違うものなのかは、ここではふれていない。