胎児の指吸いと利き手の関係

 デイヴィッド・ウォルマン著「「左利き」は天才?―利き手をめぐる脳と進化の謎」からの引用。

 北アイルランドベルファストのクイーンズ大学の研究者グループから唖然とするような報告がもたらされた。彼らは、妊娠10〜12週の胎児に見られる指吸いと腕の動かし方を観察した。その結果、胎児が吸っている親指を見れば、ゆくゆく利き手がどちらになるかがほぼ正確に予測できるとの結論に達したのである。
 クイーンズ大学のピーター・ペッパー率いるグループは、1000人の胎児の様子を超音波映像で観察し、そのうち75人について10歳になるまで追跡調査した。すると、胎内で右手の親指を吸っていた60人は「全員が」右利きになり、左手の親指を吸っていた15人のうち10人が左利きに、5人が右利きになった。(中略)
 今のところ、この時期の胎児の脳には左右差が現れていないと考えられている。「脳の左右差と利き手のあいだにはつながりがあるというのが、つねに仮説の前提となってきた。脳の左右差から、何かのメカニズムを通して利き手が生まれ得るとする主張が多かった」とペッパーは指摘する。ところが、利き手が現れる時期、少なくとも利き手と関連のある指吸いの現れる時期が、脳の構造と機能に左右差が出る「前」だとしたら、利き手が脳の左右差から生まれるとは言えないではないか。
 ブローカ以来、脳半球が左右で異なるために利き手が生じるというのが定説だった。ぼく自身、何ヶ月ものあいだそれが当然の結論だと思いこんできた。具体的に脳のどこに利き手が現れているのかがつきとめられていないのはもどかしいけれど、少なくとも脳の「なか」が問題だというのがおおかたの一致した見解である。なのに、左右差ができる前に胎児の利き手が決まっているとしたら、この長持ちしてきた前提にまで疑いの目が向けられることになる。

 「妊娠10から12週の胎児の脳に左右差はない」というのが、前提になっている。もし、この前提が崩れれば、脳の左右差を発現する前に利き手が生じているという考え方は成り立たなくなる。

  実際に、胎児の指吸いなどの動きが脳に左右差を作る引き金を引く、あるいは左右差の原因になると考えるのは、飛躍しすぎだとの意見もある。ある発生生物学者の説明によれば、この時期の胎児の脳では、すでに遺伝子に機能分化の指令が書かれている可能性が高い。目に見える形で左右差が現れていないからといって、それが最初から存在していないとは言えないというのだ。

 この章の最後のあたりで、著者は、この本の結論を述べている。

 要は、まだ明らかになっていないことがたくさんあるのだ。

 利き手の発生に関しては、わかっていないことが多く、現時点でこれだと言える話はないということのようだ。