左右の対称が崩れるしくみは(1)

 デイヴィッド・ウォルマン著「「左利き」は天才?―利き手をめぐる脳と進化の謎」からの引用。

 ロンドン大学のクリス・マクマナスに、左利きの聖地はどこだと思うか尋ねたとき、まっ先にくれた答えはブローカがいたパリだった。もう一つ選ぶならとあげてくれたのが、東京の廣川信隆の研究室である。(中略)
 人間が非対称になった理由を説明するには、ミクロのレベルでの具体的なメカニズムを説き明かす必要がある。体はどうやって左と右を判別するのか。判別とまでは言わないにせよ、アンバランスな構造を作り上げられる程度に左右を把握できるのはどういう仕組みによるものか。
 受精後まもない胚は左右対称に見える。やがて何かがそのバランスを崩して左側と右側が決まり、胚は非対称な体を発達させていく。発達中の胚の細胞が左と右を区別するには、つまり、左右の区別がつくような体を組織していく背後には、どういうメカニズムがあるのだろうか。このテーマは、このところ分子生物学の世界で熱い注目を集めている。人間の体はきわめて小さな細胞のかたまりから始まって、大きな大腿四頭筋を発達させるまでになるが、そのあいだどんなプロセスがあるかを理解するには、この非対称性を作る仕組みが土台となるからである。(中略)
 廣川と研究チームのメンバーは六年ほど前、正解屈指の高性能顕微鏡を使って偶然ながら画期的な発見をした。(中略)
 もともと廣川のグループは、神経細胞内で栄養分や情報を運ぶタンパク質の役割を研究していた。「細胞は社会のようなものだ」と廣川は言って、何度も使っているらしき喩え話でこう説明する。「農家や漁師は食糧を生産し、さまざまな手段を使ってそれを都市に住む消費者のもとへ運ぶ。都市のまわりにはいろいろな種類の工場が建っていて、これも何らかの輸送手段を必要としている。輸送は生存の鍵を握っているんだ。同じことは、細胞がうまく機能するうえでも言える。輸送のためのメカニズムがなければ、私たちは死んでしまう。」
 廣川がマウスの胚のなかにあるタンパク質を調べていて、「ノード」と呼ばれる部位の細胞を顕微鏡でクローズアップしたところ、細い髪の毛のような繊毛が見えた。なんと繊毛は回転していた。廣川は驚く。それまで繊毛はほかのミクロな構造でも見つかっていたものの、どれも水中の海藻のように揺れているだけだと考えられていたからである。廣川は、その繊毛が回転している白黒画像を見せてくれた。まるで三日月型のプロペラである。驚いたのはそれだけではない。繊毛はすべて右回りに回転していたのだ。「これを見たとき、すごいと思ったね」と廣川は振り返る。

 引用が長くなりそうなので2回にわけて書くことにする。ここに書かれている繊毛が非対称性をうむ仕組みだとなった場合、廣川の発見はかなりノーベル賞に近い発見となるのではないだろうか。ただし、この分野もまだまだ解明されていない事実が多く、現在のところ、一つの仮説でしかないらしい。