水分子は気相では1分子ずつバラバラに存在するか

久保田昌治・西本右子共著「これでわかる水の基礎知識」からの引用。

 水はいうまでもなくわれわれにとってもっとも身近な液体であり、水なしには存在すらできない。しかしわれわれは、厳密な意味では純粋な水を作りだし、取り出して調べることができなかったので、確かな液体状態の水の構造すら知り得ていないのが現状である。氷の状態と比較すれば、液体の水の構造は、近距離内では基本構造として氷に類似した四面体配位をとっており、かなりの構造を維持している。
 では気相に存在する水はH2Oとして1分子ずつバラバラに存在しているのであろうか?最近VRT分光法(vibration-rotation-tunneling spectroscopy)による実験と分子動力学計算の両面から、気相において水分子がいくつか集まって存在するオリゴマー(クラスター)の構造が明らかとされつつある。これらの研究結果によると、水分子が2個集まった2量体では一方の水の水素原子が、もう一方の水の酸素原子と結合したいす型の構造が、3量体、4量体、5量体については環状の構造が報告されており、6量体になると環状、かご型、プリズム型の構造が存在することが報告されている。もちろんこれらのオリゴマーは長時間に渡って同じ構造をとっているわけではなく、外側に向いたOH基がクラスターが形成する環の面の上下にパタパタとフリッピング運動を繰り返しているとされている。また、脇阪らは水滴を直接真空中に導入し、四重極MS(質量分析)で測定することで、水分子21個から成るかご型の21量体が他より多く存在することを見いだした。ab initio計算では5量体や6量体の双極子モーメントは液体の水の値に近いとされ、液体中でもこれらのクラスター構造が存在しているとも考えられる。また3量体や5量体が鏡像異性体が存在するキラルな構造をとっていることは、キラルな構造から成る生命体の誕生と水との関連を考える上でも興味深い。

 水は、極性を持っていることから、二つの水分子があると、一方の水素元素と他方の酸素元素との間に水素結合ができる。氷は、この水素結合を加味した四面体配位をとっている。当然、液体の水においても同じような力が働いていると予測される。ただし、液体の場合、固体の氷よりもエネルギーが高いため、常にその状態を維持しているわけではないだろう。かなり狭い範囲では、クラスター構造をとるとしても刻々と変化していくのではないだろうか。また、エネルギーは温度に依存しているから、測定する温度でも構造は異なっている可能性もあるだろう。もちろん、圧力の影響も考慮する必要がある。
 水が液体や気体の状態でどういうふうに存在しているのかなど今まで考えもしなかった。しかし、こうして研究成果を読むと非常に興味深い内容であるように思う。溶媒としての水の動きは、こういう構造が微妙に影響しているのではないだろうか。