Bt

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 Btは、1901年、日本の蚕が壊滅的被害を受けたときに発見され、1911年、ドイツのチューリゲン州でスジコナマダラメイガという蛾が大流行したときにこの名前がついた。1938年にフランスでこの細菌が初めて殺虫剤として使われたときには、鱗翅類(チョウや蛾)の幼虫にしか効果がないと考えられていたが、その後、別の系統の細菌は、甲虫やハエの幼虫にも効果があることが明らかになった。
 なによりありがたいのは、この細菌は昆虫にしか影響を及ぼさないことである。たいていの動物の腸の中は酸性だが、昆虫の幼虫では強アルカリ性であり、ちょうどBtの毒素が活性をもつ条件になっているからだ。
 DNA組み換え技術の時代になり、遺伝子工学者たちは、Btの殺虫剤としての作用にヒントを得た。この細菌を手当たり次第にばらまく代わりに、Btの毒素を生産する遺伝子を農作物のゲノムに組み込んでみてはどうだろう?そうすれば昆虫はその作物を一口食べただけで死ぬので(しかも私たちには無害なので)、農家はもはや作物に振りかけなくてもよくなるだろう。
 この方法には、作物に殺虫剤を振りかける従来の方法に比べ、明らかに優れた点が少なくともふたつある。ひとつめは、その農作物を食べた昆虫だけが殺虫剤の影響を受け、それ以外の昆虫には影響がないことだ。ふたつめは、従来の方法では葉や茎にしか効果がないのに対し、Bt毒素の遺伝子を植物のゲノムに組み込めば、その植物のすべての細胞が毒素を作るようになることである。そのため、外から殺虫剤をかけても効果がなかった昆虫(根を食べたり組織に穴を開けたりするもの)も死に至らしめることができるようになった。
 今日では、「Btトウモロコシ」、「Btポテト」、「Bt綿花」、「Bt大豆」など、さまざまなBt改良作物が作られており、そのおかげで使用される殺虫剤の総量は大幅に減っている。1995年には、ミシシッピーデルタの綿花生産者は、一シーズンに平均4.5回殺虫剤を散布していた。その翌年、Bt綿花が登場すると、全農家の平均(つまり従来の綿花を育てている農家も含めた全体での平均)は2.5回へと減少した。1996年以来、Bt作物により、アメリカ全体で年間200万ガロン(約7600キロリットル)もの殺虫剤が削減されたと推定されている。

 アメリカなど農地面積が大きな国では、農薬の適性量利用を訴えても、普及するのは難しいのかもしれない。また、Bt改良作物のメリットとしてふたつめに挙げている葉や茎以外からの被害を防げる点はかなりメリットになっているのだろう。日本のジャーナリストがアメリカの農家を訪ねて、「なぜ、遺伝子組み換え作物を生産するのか」といった質問をしたとき、アメリカの農家の人たちは、自信に満ちた表情で「環境にやさしいから」と言っていたという話を読んだことがある。農薬の使いすぎは明らかに環境に付加を与えるし、なによりも農家の人たちの健康にも影響を与える。Bt殺虫剤は、人間には無害と書かれているが、これも量によってはどんな弊害があるかは触れられていない。