アグロバクテリウム

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 根頭癌腫病は、植物の茎のあたりに見苦しいごつごつした瘤ができる病気である。この病気を起こすのは、アグロバクテリウム・テュメファキエンスというありふれた土壌細菌で、草食性昆虫にかじられたりして傷ついた部分に日和見感染する。この寄生細菌の攻撃方法には驚くべきものがある。
 アグロバクテリウムはまずトンネルを掘って、自分の遺伝物質の小包を植物の細胞に送り込む。その小包には、特別なプラスミドから注意深く切り出したDNA断片が入っており、最近はそれをタンパク質の保護膜で包んでからトンネルに入れる。DNAの小包が植物細胞に届くと、ウィルスのDNA同様、宿主のDNAに組み込まれていく。しかしウィルスとは異なり、このDNA断片は、組み込まれても自分自身の複製を作るわけではない。その代わりにこのDNAは、植物の成長ホルモンと、最近の養分になる特殊なタンパク質とを作り出すのである。
 その結果、植物の細胞分裂と細菌の増殖とが正のフィードバックを形成する。つまり、成長ホルモンが植物の細胞分裂を加速し、細胞分裂が起こるたびに組み込まれたDNAが複製されて、細菌が必要とする栄養分を植物の成長ホルモンがどんどん生産されるのである。この制御不能な激しい成長により、植物には瘤ができるが、それは細菌にとって養分を生産する工場のようなものだ。植物をぎりぎりまで利用するアグロバクテリウムのこのやり方は、寄生の戦略として実にみごとなものである。
 アグロバクテリウムの寄生生活を詳しく解明したのは、1970年代、シアトルの州立ワシントン大学のメアリー=デル・チルトンと、ベルギーのゲント大学のマルク・ファン・モンタギューとジェフ・シェルだった。後にチルトンとその同僚たちは、これについて次のような皮肉なコメントをしている。ある種から別の種へとDNAを移すのにP4封じ込め施設を使わないのだから、「アグロバクテリウムは国立衛生研究所の規準からはずれたことをしている」と。

 自然に存在する細菌が寄生を行うときに、DNA組み換えを行っている例。最近思うのだが、人間が考え出すようなことは、それ自体すでに自然の中で存在している内容なのではないかと。人間も生物の一種で、自然選択の世界に存在している。細菌が生き延びるために使用している方法を人間が思いついたとしても不思議ではない。人間は自然の一部であり、人間の考えることも自然現象のひとつだと思う。