反対運動ふたたび(3)

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 ウシ成長ホルモン(BGH)は、多くの点でヒトの成長ホルモンと似ているが、このホルモンは雌ウシの乳の生産量を増やすという、農業にとって価値のある副作用をもっている。セントルイスに本拠を構える農業化学メーカーのモンサント社は、BGH遺伝子をクローニングして組み換えBGHを生産した。雌ウシは自分でもBGHを生産しているが、モンサント社のBGHを注射すれば乳の生産量が約10%増加する。
 1993年末、FDA(米食品医薬品局)はBGHの使用を許可し、1997年までにアメリカにいる一千万頭の雌ウシのうちおよそ20%にBGHが投与された。そうして生産された牛乳は、投与されていないウシから搾ったものと区別がつかない。どちらも同じだけのBGHを含んでいるからだ。牛乳に「BGH非投与」か「BGH投与」かの表示をすることに反対の意見がある大きな理由は、投与されたウシから採った牛乳と投与されていないウシから採った牛乳とを区別するのが不可能なため、不正な表示かどうかを確かめるすべがないからである。
 BGHを用いれば、農場主はより少ない数のウシで牛乳目標を達成できるから、理論上は家畜の数が減少し、環境に良い影響を与えることになる。ウシが生産するメタンガスは温室効果の大きな原因になっているので、家畜の減少は長期的には地球温暖化に良い影響を及ぼす可能性もある。メタンは二酸化炭素の25倍も蓄熱効果が高く、一頭の雌ウシは一日平均600リットルのメタンを出すのである−これはパーティー用の風船40個分に相当する。
 当時私は、反DNAの圧力団体がBGHに対してあれほど激しい怒りをぶつけてきたことに驚いたものだった。しかし遺伝子組み換え食品に関する論争が続く今日、プロの論客は何でも論争の種にできるのだということを私は学んだ。バイオテクノロジーにもっとも執拗に敵対しているのはジュレミー・リフキンだが、彼が「反対派」として論壇に登場したのは、1976年、アメリカ二百年祭のときだった−彼はこれに反対したのである。その後彼は、DNA組み換えの反対運動に場所を移した。
 1980年代の半ば、BGHによって人に炎症が起こることはなさそうだという報告が出たとき、彼はこう言った。「私が問題化させてやる!何かを見つけてやるぞ!市場に出る最初のバイオテクノロジー製品だ。戦うぞ!」そして彼は闘った。「不自然だ!」(「自然」な牛乳と区別ができないのだが・・・・)、「がんを引き起こすタンパク質が含まれている!」(そんなことはない。しかもどんなタンパク質も消化されれば壊れてしまう)、「小規模農家を締め出すものだ!」(他の新技術と違って先行投資は必要ないため、小規模農家が不利になることはない)、「ウシが傷つく!」(何百万頭ものウシに対する9年間近くの商業的経験から、そういうことはないとわかっている)。最終的には、アシロマ会議当時の組み換え技術に対する反対運動同様、リフキンの悲観的な筋書きにはどれも現実味がないことが明らかになると、この論争は収まっていった。
 しかしBGHをめぐる論争は、次に起こることの予行演習にすぎなかった。リフキンや彼に同調するDNA嫌いの人々にとって、BGHは軽い準備体操だったのだ。反対派の本命となるのが、遺伝組み換え食品である。

 去年だったか、どこかのインターネットのサイトで、アメリカに移住する人に対して、「アメリカで娘に牛乳を飲み続けさせるとおっぱいが大きくなり、強姦される可能性があるから気をつけた方がいいよ。」といったような話しが出ていたような気がする。このとき、何を言っているのかわからなかったのだが、どうもBGH牛乳を飲むとおっぱいが大きくなるという噂がアメリカで流れているみたいだった。
 自分の子供以外だったら、おっぱいが大きい方がよいと思うのかもしれないが、自分の娘だと虫が付きやすくなるからいやだという親の気持ちとあそこは治安が悪いから気をつけろという忠告が入り交じっているのだが、そもそも元になっている噂に信憑性はあるのだろうかと考えもした。
 人間がタンパク質を摂取すると、そのままでは吸収できないから、アミノ酸まで分解されて吸収される。そして、人間のDNAの設計に従ったタンパク質に作り換えられる。従って、吸収された後に、体内でウシのタンパク質とまったく同じ物にはならない。
 案外、われわれ普通の人は、この摂取と消化のしくみをあまり理解していないのではないだろうか。そういう自分も、疑問に思って、栄養学の本を立ち読みして確認したのだが・・・。
 噂には、時代背景が往々にして関係していることが多い。「牛乳をよく飲めば身長が高くなる」という噂が広まったのは、高度成長時代が始まる頃で、まだ、戦後の影響で栄養不足が続いていた頃の話だったと思う。今のように、いろんな形で栄養をとれる時代であれば、何も牛乳にこだわる必要がなくなっている。「何々は体によい」という話は、ほとんど「バランス良く栄養をとることは体によい」に置き換えて考えた方がよさそうである。
 BGH牛乳を飲むとおっぱいが大きくなるという噂もこれと同じたぐいだと思う。