反対運動ふたたび(2)

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 「定向分子進化法」と呼ばれる方法は、自然選択のプロセスをまねたものである。自然選択では、突然変異によって新たな変種がランダムに生まれ、それらが個体間競争により選別されていく。つまり、よりうまく適応できた変種は、生き残って次の世代を生み出す見込みが大きいのだ。定向分子進化法では、このプロセスが試験官の中で行われる。
 まず生化学的方法を使って、あるタンパク質を暗号化している遺伝子をランダムに変化させる。その後、変位した遺伝子を混ぜ合わせることにより遺伝子組み換えのプロセスを再現する。そこから生じたたくさんの新しいタンパク質の中から、ある条件下でもっともよく機能するものをいくつか選び出す。このサイクルを何回か繰り返し、各サイクルで「成功した」分子たちを次のサイクルで競争させるのである。
 定向分子進化法の仕組みを理解するためには、洗濯機の中を覗いてみよう。たくさんの白い洗濯物の中にたまたまひとつ色物の服が混ざっていれば大変なことになる。赤いシャツから染料が染み出て、気がついたときには家にあるすべてのシーツが薄ピンク色になってしまうのだ。ヒトヨタケというキノコが作り出すペルオキシダーゼという酵素には、洋服から染み出た染料を無色にする性質がある。問題は、この酵素は洗濯機内の条件下(洗剤の入った温水の中)では働かないことだ。
 しかし定向分子進化法を使えば、このような条件への耐性を高めることができる。たとえば、ある特殊な「進化」をさせた酵素の耐熱性は、本来のキノコがもつ酵素の耐熱性よりも174倍も高い。しかもこのような有用な「進化」には、それほど時間がかからない。自然選択には長い時間がかかるが、定向分子進化を試験管の中で起こすためには数時間から数日ほどもあればよい。
 遺伝子工学者たちは早い段階で、この技術は農業にも利用できることに気づいた。今日、バイオテクノロジー業界の人たちは骨身に染みて知っているように、遺伝子組み換え(GM)作物は激しい論争の的になっている。興味深いのは、牛乳の増産という農業への初期の貢献も非難されたということだ。

 タイトルと内容が異なっていると思われるかもしれないが、タイトル名の一節をすべて引用しているため、三日に分けている。最終的には、遺伝子組み換え(GM)牛乳に関する反対運動の話である。
 定向分子進化法は、他の工業分野でも利用可能だろう。酵素はもともと触媒と同じ機能なので従来の化学工業から生まれていない高機能性材料の開発に有効だと思うのだが。