反対運動ふたたび(1)(P.221〜P.225)

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 遺伝子組み換え技術を使えば、事実上すべてのタンパク質を細胞に作らせることができる。そこから当然、次のような疑問が生じる。この技術は医薬品以外にも使えるのではないだろうか?クモの糸を例に挙げよう。クモの巣を構成する放射状の、いわゆる”縦糸”はきわめて強い繊維であり、同じ質量で比べれば鉄鋼の五倍の強さをもつ。クモに余分に糸を紡がせる方法もないわけではないが、残念ながらクモは縄張り意識が強いため集団で飼うことができず、クモ牧場を作ろうとしてもうまくいかなかった。
 しかし今日では、クモの糸のタンパク質を作る遺伝子を取り出し、それを他の生物に入れることが可能なので、その生物をクモの糸の工場にすることができる。この一連の研究には米国国防省が資金を提供している−将来アメリカ陸軍に、クモの糸でできた防護服を身につけたスパイダーマンが登場するかもしれない。
 バイオテクノロジーにはもうひとつ、天然タンパク質の改良という胸躍る最前線がある。自然がデザインしたもので満足している必要はないのではないか?天然に存在しているものには、今からみれば見当違いの進化的圧力を受けて気まぐれにできたという側面もある。それを少しいじってやるだけで、もっと役にたつものができるとしたら?今では既存のタンパク質をもとに、アミノ酸配列をわずかに変化させることができる。だが残念ながら、知識不足がこの方法に限界を課している。というのも、タンパク質中のアミノ酸をひとつでも換えたときに、それがタンパク質全体の性質にどんな影響を及ぼすのかはまだわからないからだ。

 以前の引用からもわかるとおり、タンパク質は折り畳まれなければその効果を発揮しない。従って、従来の化学的反応からみた効果と違った分析に仕方が必要になるのだろう。しかし、この分野は、非常に重要なものだと思う。日本でもタンパク質の構造的解析が最先端の技術として研究されているみたいだ。このしくみが解き明かされると各工業分野に革命的な新技術が生まれる可能性があるように感じる。
 本書を読んでいて、新しい科学的解釈が社会に認められるまでに相当な時間がかかることを思い知らされる。また、アメリカで起きた市民の反対運動に対する対応とか、利益追求を求める企業の特許戦略への対応など、昔の科学者の人たちとは無縁だった事項に関して、きちんと考えられる科学者が求められていると感じる。下巻では、リベラル勢力に対しての批判(リスクゼロ論に対する批判)も現れる。こうした過去の経験を生かして、科学の研究を進めていってもらいたいと感じる今日この頃だ。