ヘモグロビンの形成過程

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 具体的にヘモグロビンというタンパク質がどのように形成されるかを見ておこう。
 赤血球は、酸素の輸送を専門とする細胞である。ヒトの赤血球の中には、容量にして30%ほどのヘモグロビンが含まれており、このタンパク質が肺から組織へと酸素を運んでいる。
 ヘモグロビン(タンパク質)が必要になると、DNAの該当部分(ヘモグロビン遺伝子)がファスナーのように開く。このときコピー(専門用語では転写)されるのは二本のDNA鎖のうち一本だけである。こうしてヘモグロビン遺伝子に対応する一本鎖のメッセンジャーRNAができる。RNAは、RNAポリメラーゼの働きによって作られる。もとのDNAはふたたび閉じる。
 メッセンジャーRNAは細胞核の外に運び出され、RNAとタンパク質から成るリボソームまで運ばれる。このリボソームの場所で、メッセンジャーRNAの情報が使われ、新しいタンパク質分子が作られる(このプロセスを翻訳という)。
 一方、アミノ酸はトランスファーRNAに結びついてここまで運ばれてくる。トランスファーRNAの一端は特定のトリプレット(図の場合はCAA)になっており、これがメッセンジャーRNAのトリプレット、GUUを識別する。反対側の端には適合するアミノ酸、この場合はバリンが結合している。メッセンジャーRNA上の次のトリプレットには、元のDNAの配列がTTCなので(これはシリンを指定する)、シリンのトランスファーRNAが来る。あとは、ふたつのアミノ酸を生化学的に結びつければよい。
 これを百回繰り返せば、百個のアミノ酸がつながったタンパク質の鎖ができあがる。アミノ酸の順序は、DNAのアデニン、チミン、グアニン、シトシンの順序によって指定され、それに従ってメッセンジャーRNAが作られる。ヘモグロビンの鎖にはふたつのタイプがあり、ひとつはアミノ酸が百四十一個、もうひとつは百四十六個つながったものがある。
 しかしタンパク質は、アミノ酸がただ直線的につながっただけのものではない。鎖ができあがると、タンパク質は複雑な形に折り畳まれる。自分自身の力でそうすることもあれば、「ヘルパー」分子の力を借りることもある。タンパク質はこの形状になったときだけ、生物学的活性をもつ。ヘモグロビンの場合には、一方のタイプの鎖が二本、もう一方のタイプの鎖が二本出来上がると準備完了だ。そしてねじられた鎖それぞれの中心に、酸素の運搬に重要な役割を果たす鉄原子が配置される。