形質転換を引き起こしているのはDNA?

 ジェームス・D・ワトソン、アンドリュー・ベリー著「DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)」からの抜粋。

 DNAが一躍注目されるようになったのは、1944年、ニューヨークのロックフェラー研究所のオズワルド・エーヴリーの研究室から、肺炎を起こす細菌の表面を覆っている膜の組織が変化するという報告が出たときのことだった。
 エーヴリーのグループはそれまで十年以上にわたり、イギリス保健省の科学者だったフレッド・グリフィスにより1928年に見いだされた意外な結果をさらに深く追求していた。グリフィスは肺炎に興味をもち、その病原体である肺炎双球菌を調べていた。この細菌には、顕微鏡で見たときの形状から、表面がなめらかなタイプsmooth(S)と粗いタイプrough(R)の二系統があった。
 このふたつの系統は外見だけでなく、毒性においても異なっていた。S型をネズミに注射すると、数日内にそのネズミは死ぬが、R型を注射してもネズミは発病しない。S型の細胞には、侵入者がいることをネズミの免疫システムに気づかせないための膜がある。R型の細胞にはそのような膜がないため、ネズミの免疫システムの攻撃を受けやすいのだ。
 グリフィスは、系統の異なる菌同士が、不運なネズミの体内でどんな相互作用をするかに興味をもった。ある組み合わせを試してみたとき、彼は注目すべき発見をした。加熱殺菌したS型(無害)と、通常のR型(こちらも無害)の両方をネズミに注射したところ、そのネズミは死んだのである。無害のはずの二種類の菌が、なぜ致死性をもつようになったのだろうか?
 グリフィスは、死んだネズミから肺炎双球菌を回収し、この謎を解く手がかりを得た。そこに生きたS型が見つかったのである。生きている無害なR型が、死んだS型から何かを獲得したらしかった。何かが、死んだS型と混ぜ合わされたR型を、致死性をもつ生きたS型に転換させたのである。
 グリフィスはこの変化が本物であることを確かめるために、死んだネズミのS型を数世代培養してみた。この菌からは、通常のS型と同様、S型の性質が正しく子孫に伝えられた。ネズミに注射されたR型には、たしかに遺伝的な変化が起こったのである。
 エーヴリーもまた、肺炎双球菌の糖衣のような膜に興味をもっていた。彼はグリフィスの実験の追試をし、R型をS型に変えるものを分離したうえで、その特徴を明らかにしようとした。1944年、エーヴリー、マクラウド、マッカーティーはその結果を発表した−その巧みな実験は、形質転換を引き起こしているのはDNAだということを疑問の余地なく示すものだった。

 エーヴリーは、グリフィスの実験を試験管の中で行い、原因となる物質をひとつひとつ取り除いてゆき、最終的にDNAが形質転換を引き起こしていることを突き止めた。しかし、この画期的な発見によりエーヴリーがノーベル賞を受賞することはなかった。この頃の生物学者の間では、形質転換を引き起こしているだろう物質は、タンパク質だと考えていたものが多く、最後までその抵抗にあうことになる。エーヴリーは、1955年に亡くなっている。著者は、あと数年長生きしていれば、必ずノーベル賞が授与されたろうと述べている。