痛み

 V.S.ラマチャンドラン著「脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ」からの引用。

 痛みは、ふつうは一種類だと思われていますが、少なくとも二つのタイプがあって、別々の機能のために進化してきたのではないかと考えています。急性の痛みは、たとえば火に触ったときなどに、反射的に手を引っ込められるようにするため、それからおそらく、トゲのように、痛みを生じる有害な物体を避けることを学習できるようにするために進化したと考えられます。慢性的な痛み(例えば骨折や壊疽にともなう痛み)は、これとはまったくちがいます。これらは、反射的に腕の動きを妨げて、完全に治癒するまで休ませ、無理をさせないようにするために進化しました。このように痛みは、通常は、非常に有益で適応的なメカニズムです。天からの贈り物であって、呪いではないのです。しかしときには、このメカニズムが裏目にでる場合があります。「タイプ1の慢性疼痛」と呼ばれる症状をもった患者を診ることがよくありますが、そのなかに「反射性交感神経ジストロフィー」(RSD)という奇妙なシンドロームがあります。これは小さな外傷(出血、虫刺され、指先の骨折など)が原因で腕全体に激しい痛みが出て、真っ赤に腫れあがり、まったく動かせなくなるという病気で、つまりきっかけとなった出来事と、まるでつりあいのあわない深刻な事態が引き起こされます。しかもそれがずっと続きます。
 進化の枠組みを考えると、どうしてそんなことになるのがを理解しやすくなります。さきほどお話ししたように、もともと慢性痛は、一時的に患部の動きを妨げて回復しやすくするためにあるので、脳が腕に運動指令を出すと、動きを妨げるような強い痛みが生じます。これは通常は適応的なのですが、私の考えでは、このメカニズムがときどきくるって、「学習された痛み」と私が呼んでいるものを引き起こします。腕を動かそうとする行為そのものが、つまり運動指令の信号そのものが、耐えがたい痛みと病的に結びついてしまうのです。その結果、きっかけとなった事象はとっくに消失しているのに、患者は学習された痛みによって生じる偽性麻痺に悩まされることになります。

 病気の後遺症で、慢性的な鈍痛が首から肩、そして右腕に残っているのだが、これももしかすると偽性麻痺なのかもしれない。ただ、ここで書かれているように腫れあがることはないから、相ではないのかもしれない。脳が勘違いを起こすと普段、当たり前にできることが、まったく違った結果を生み出してしまう。そんな奨励が数多く、この本では紹介されている。