再結合と光の行方

 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (下)」からの引用。

 アルファーとハーマンは、初期宇宙の歴史を明らかにする作業を続けながら、時間とともに宇宙が膨張するにつれて、光の海とプラズマはどうなっただろうかと考えた。そして二人が気づいたのは、宇宙が膨張すれば、宇宙に満ちていたエネルギーはより大きな体積に広がるから、宇宙に含まれるプラズマはじりじりと冷えていくということだった。そこで二人の若き物理学者は、温度が下がってプラズマ状態が存続できなくなる時刻があるはずだと考えた。そのとき、電子は原子核にくっつき、安定した中性の水素原子とヘリウム原子ができるだろう。プラズマから原子への転移は、水素とヘリウムでは摂氏3000度で起こる。二人は、この温度まで宇宙が冷えるのには30万年ほどかかるだろうと推定した。原子核と電子が結びつくこの出来事は、一般に「再結合」と呼ばれている。
 再結合が起きると、宇宙は気体の中性粒子で満たされた。中性なのは、負の電荷をもつ電子と正の電荷をもつ原子核が結合したためである。これによって、宇宙を満たしていた光の振る舞いは劇的に変わった。光はプラズマ状態の荷電粒子とは容易に相互作用をするが、気体の状態の中性粒子とは相互作用しない。つまりビッグバン・モデルによれば、再結合が起こることにより、宇宙の歴史で初めて、光線は何ものにも妨げられずに宇宙間を突き進めるようになったのだ。そのようすはまるで宇宙の霧が突然晴れたかのようだったろう。
 再結合以降の宇宙がわかってくるにつれて、アルファーとハーマンの頭からも霧が晴れた。もしもビッグバン・モデルが正しければ、そしてもしもアルファーとハーマンが正しく物理を理解しているなら、再結合の瞬間に存在していた光は今も宇宙を飛び回っているはずだった。なぜなら光は、宇宙にちらばっている中性の原子とはほとんど相互作用できないからだ。言い換えると、プラズマ時代の最後に放たれた光は、化石として今日に残っているはずなのである。この光は、まさしくビッグバンの遺産といえるだろう。
(中略)
 アルファーとハーマンは、再結合の瞬間に放たれた大量の光の波長は、およそ1000分の1ミリメートルだったと推定した。この波長は、プラズマの霧が晴れたときの宇宙の温度、摂氏3000度から直接引き出されたものである。しかしこのとき放出された光の波はすべて、再結合以降、宇宙が膨張したために波長が伸びているだろう。これは、見かけ上後退している銀河からの光の波長が伸びて、赤方偏移を起こすのと同様である。アルファーとハーマンは自信をもって、ビッグバンの光の波長は今日ではざっと1ミリメートルに伸びているだろうと予測した。この波長は人間の目には見えず、光のスペクトルの中ではいわゆるマイクロ波領域にある。

 このアルファーとハーマンの推定は、この時代1948年頃では無視されてしまう。しかしこのビックバンの遺産であるマイクロ波が1960年半ばにペンジアスとウィルソンによって、偶然発見され、ほとんどの宇宙論研究者がビッグバン・モデルを信じるようになる。