放射能の背後にあるメカニズム

 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (下)」からの引用。

 原子の構造と、それを構成する粒子に関する確かな知識を武器として、物理学者たちはついに、ピエール・キュリーとマリー・キュリーが研究した放射能の根本原因を説明できるようになった。原子核はすべて陽子と中性子からできており、それらの粒子をやりとりすることによって、ある原子核が他の原子核に変わり、ひいてはある原子が他の原子に変わる。これが放射能の背後にあるメカニズムだったのだ。
 たとえばラジウムのような重い原子の原子核は非常に大きい。実際、キュリー夫妻が研究したラジウムは88個の陽子と138個の中性子を含んでいたが、そのような大きな原子核は不安定であることが多く、より小さな原子核に変わりやすい。ラジウムの場合、ラジウム原子核は2個の陽子と2個の中性子をアルファ粒子としてはき出し(アルファ粒子はヘリウム原子核の別名である)、86個の陽子と136個の中性子を含むラドンに変わる。大きな原子核が小さな原子核に分かれるプロセスのことを、「核分裂」と言う。
 われわれは普通、核反応というと大きな原子核を連想するが、水素のような非常に軽い原子核でも核反応は起こりうる。水素原子と中性子を、「核融合」と呼ばれるプロセスで融合させれば、ヘリウム原子核にすることができる。水素は比較的安定なので、このプロセスは自発的には起こらないが、高温高圧の適切な条件を与えてやれば、水素は核融合によりヘリウムになる。水素が核融合を起こしてヘリウムになるメリットは、ヘリウムのほうが水素よりもいっそう安定だからであり、原子核にはできる限り安定な状態になろうとする傾向がある。
 一般に、もっとも安定なのは、鉄など、周期表の中程に位置するあまり重くもなければ軽くもない元素で、それぞれの元素のなかでも陽子と中性子の個数がほぼ半々に近いものである。従って、大きな原子核は核分裂を起こし、小さな原子核核融合を起こすが、大多数を占める中くらいの大きさの原子核は、いかなる原子核反応もほとんど起こさないと言ってよい。

 ここで、「大多数を占める中くらいの原子核」という表現が使われているが、先日引用したように、地球という星の場合という形容詞がつくはずだ。宇宙全体では、水素とヘリウムで99.9%を占めており、中くらいの原子は、非常に少ない。

 以上の話で、核反応が起こるしくみや、なぜラジウムは放射能をもつのか(そしてなぜ鉄は放射能を持たないのか)はわかったが、キュリー夫妻がラジウムの核分裂で放出された莫大なエネルギーを検出した理由は説明できない。原子核反応は莫大なエネルギーを放出することでよく知られているが、ではそのエネルギーはいったいどこから来るのだろうか?
 その答えは、アインシュタイン特殊相対性理論のなかでも、第Ⅱ章では扱わなかった側面にある。アインシュタインが光の速度について研究し、それが空間と時間にどんな影響を及ぼすかに気づいたとき、彼は物理学でもっとも有名なE=mc^2も導いていたのである。この式は要するに、エネルギー(E)と質量(m)は等価であり、c^2という転換係数によってお互いに変換可能であると述べている。ここにcは光速を表す。光速は3\times10^8m/sだから、c^29\times10^{16}(m/s)^2になり、ごくわずかな質量を莫大なエネルギーに変換することになる。
 実際、核反応で放出されるエネルギーは、ごくわずかな質量がエネルギーに転換されるプロセスによって直接的に生じているのである。ラジウム原子核ラドン原子核とアルファ粒子に変換されるとき、ラドン原子核とアルファ粒子の質量を合わせたものは、ラジウム原子核の質量よりも小さい。質量の減少分はわずか0.0023%にすぎず、1キログラムのラジウムは、0.99977キログラムのラドンとアルファ粒子になる。失われた質量はごくわずかだが、転換係数c^2が途方もなく大きいため、わずか0.000023キログラムの質量が2\times10^{12}ジュールを上まわるエネルギーとなり、これはTNT火薬400トン以上に相当する。核融合でもこれと同様にエネルギーが放出されるが、ただし一般には、放出されるエネルギーはさらに大きくなる。水素融合爆弾は、プルトニウムの核分裂爆弾よりもいっそう破壊的である。

 我々一般人は、こまかい数値に関して覚えておく必要はないと思うが、核分裂するときや核融合するときに莫大なエネルギーが放出される、エネルギーと質量は等価であり、エネルギーは質量に光速の二乗をかけた値になることぐらいは覚えていて損はないと思う。