原子のサイズ

 サイモン・シン著「ビッグバン宇宙論 (上)」からの引用。

 原子のサイズは、陽子、中性子、電子の個数によって変わるが、一般には、直径が10億分の1メートルよりも小さい程度である。しかしラザフォードの散乱実験は、原子核の直径はそれよりもさらに10万分の1ほど小さいことを示唆していた。体積で言えば、原子核は、原子全体の0.0000000000001パーセントでしかない。
 これは驚異的な小ささであり、われわれの周囲にある物質を作り上げている原子は、ほどんどからっぽの空間だということになる。仮に1個の水素原子をコンサートホール(たとえばロンドンのロイヤル・アルバート・ホール)を満たすぐらいに拡大したとすると、原子核は、だだっ広いホールの真ん中にいる1匹の蚤ぐらいの大きさになる。そして、それほど小さい原子核でさえも、ホールのどこかを飛び回っている電子よりもずっと大きいのだ。また、陽子と中性子は電子よりも2千倍ほど重く、非常に小さな原子核の内部に存在しているため、原子の質量の少なくとも99.95パーセントは、原子の体積のたった0.0000000000001パーセントの空間に押し込まれていることになる。

 このモデルが提唱されたのは、1900年に入ってからだ。それまでは、干しぶどう入り蒸しパンモデルであるJ・J・トムソンの原子モデル(プラムプディング・モデル)が提唱されていた。このモデルによれば、個々の原子は、多数の負の電荷をもつ粒子(干しぶどう)が、正の電荷をもつパン生地にうめこまれている。軽い水素原子は、正の電荷をもつ少量のパン生地に、負の粒子が1個だけ埋め込まれていることになる。重い金の原子は、大量のパン生地に、負の電荷をもつ粒子がたくさん埋め込まれていることになる。しかし、この干しぶどう入り蒸しパンモデルでは、アルファー粒子を金箔にあてて、原子構造を探る実験結果が説明できなかった。ラザフォードは、引用文にあるような原子の太陽系モデルと呼ばれる原子構造を提唱した。このモデルでは、アルファー粒子を金箔にあてた実験結果がうまく説明できる。

 この改良された原子モデルを使えば、ラザフォードの実験結果はきれいに説明することができた。原子はほどんどからっぽの空間だから、アルファー粒子の大多数はわずかに経路が逸れるだけでまっすぐ金箔を突き抜けるだろう。しかし正の電荷をもつアルファー粒子のごく一部は、金の原子核に集中している正の電荷に正面衝突して、大きく跳ね返されるだろう。当初、ラザフォードの実験結果は、到底ありえない驚異的なものに思われたが、改良されたモデルによれば、すべて当たり前に思われた。ラザフォードはかつてこう語った。「あらゆる物理は、ありえないことか、当たり前かの二つに一つだ。それを理解するまではありえにことだが、いったん理解すれば当たり前になる」

 われわれは、このラザフォードのモデルを何の疑いもなく学校で教わり、そのまま当たり前のこととして使用してきた。しかし、このモデルが提唱された時点では、前のモデル(干しぶどう入り蒸しパンモデル)が信じられ、当たり前とされていたのだろう。