ピジンとクレオール

 スティーブン・ピンカー著「言語を生みだす本能」からの引用。言語が生得的であると証明するためには、「言語が普遍的に存在するのは、子どもが現実に言語を再発明するからだ」という考え方が重要だとピンカーは言っている。そして、人間が、ほとんどゼロから複雑な言語を創造していく過程が過去の例から見られるといっている。

 最初の事例は、世界史上の二つの不幸な出来事、すなわち、大西洋をはさんだ奴隷貿易と、南太平洋の年季奉公制度が対象となっている。タバコ、綿花、コーヒー、砂糖キビの農園主のなかには、バベルの塔を教訓にしたからだろうか、母国語を異にする奴隷や労働者を意識的に寄せ集めた者もいた。一方、特性の人種で統一したいのに、それが不可能だったというケースもあった。言葉の通じない者どうしが共同作業をしなくてはならず、しかし、お互いの言語を学ぶ機会もないとなれば、当座しのぎの混合語でも作るほかない。これを「ピジン」という。入植者や農園主の言語から借用した単語を並べたもので、語順が変化しやすく、文法規則はほどんどない。(中略)
 しかし、言語学者のデレク・ビッカートンによると、ピジンがあるときに一挙に複雑な言語に変身する例も多々あるという。変身の条件はただ一つ、子どもの集団が、母語を獲得する臨界期に、両親の母語ではなくピジンに接することである。子どもが両親から引き離され、一カ所に集められて保育される仕組みのプランテーテョンで、面倒を見る係がピジンで話しかければ、この条件が満たされる。実際、その例はいくつもあった、とビッカートンはいう。子どもたちは、断片的な単語の連なりを真似するだけでは満足せず、複雑な文法を織り込んで、表現力に富んだまったく新しい言語を作り上げる。子どもがピジンを母語とした場合に出現する言語を「クレオール」という。

 この部分、「生命進化8つの謎」では、詳しい説明が無かったため、ピジンとクレオールのイメージがいまいち固まらなかった。「言語を生みだす本能」では、この後にもハワイで働く日本人とフィリピン人の話が例として紹介されていて、やっとイメージが出来上がった気がする。雇い主の言語に似るのではなく、ピジンを発展させたクレオールという言語が生まれると理解して良いと思う。
 子どもの頃、冬休みになるとあるスキー学校に居候として間借りさせていただいた時期があった。そのスキー学校の校長先生の子どもがちょうどここでいう臨界期の時期で、きれいな津軽弁を話していたのを記憶している。大人顔負けのその津軽弁は、非常にかわいらしく自信に満ちた表現力を持っていた。その時は、ただかわいいと思っていただけだったのだが、まさに言語を獲得し再発明しているのを目の当たりにしていたことになる。