マーティン・ヘルマンの言葉

 サイモン・シン著「暗号解読」より。

 ラルフもわれわれ同様、愚か者になる覚悟はできていました。オリジナルな研究をやるということは、愚か者になることなのです。諦めずにやり続けるのは愚か者だけですからね。第一のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアはコケる。第二のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもコケる。九十九番目のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもコケる。百番目のアイディアが湧いて大喜びするのは愚か者だけです。しかし、実りを得るためには、百のアイディアが必要かもしれないでしょう?コケてもコケても大喜びできるぐらい馬鹿でなければ、動機だってもてやしないし、やり遂げるエネルギーも湧いてきません。神は愚か者に報いたまうのです。

 暗号の鍵配送問題を解決した一人であるマーティン・ヘルマンが、ラルフ・マークルが仲間に加わった時のことを語った内容。鍵配送問題は、何世紀にも渡って解決できていなかった。普通の人なら、それを一生の研究テーマにするという馬鹿なことはしないと言っている。確かに、暗号解読は、世の中にとって必要な研究であったし、有益な情報をもたらすという意味で非常に重要なテーマでもあった。
 ところが、テーマのハードルが高いと研究者たちが判断すると、しばしばそのテーマは見捨てられてきたのも事実だ。エニグマの暗号解読をフランスの暗号局はあっさり辞めてしまう。解読不可能と判断してしまったのだ。第一次世界大戦で連合国側が勝利し、第二次世界大戦までの端境期だった当時、フランスは他からの脅威を感じなくなっていた。また、第一次世界大戦で暗号解読に成功していたおごりもあったみたいだ。つまり、動機をかき立てるものがその当時のフランスになかったのである。
 エニグマの暗号解読に取っ掛かりをつけたのは、ロシアとドイツの間に挟まれ、当時もっとも危険が迫っていたポーランドの人たちだった。あまり、内容を書いてしまうと本を読む楽しみがなくなるのでこの辺までにする。暗号解読に興味がある人は、ぜひ

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

をお読み下さい。
 「オリジナルな研究をやるということは愚か者になることだ。」という真理は、まったくその通りだと思う。特に、現代のように市場経済主義の世の中では、どんな研究でも短期間のうちに成果が求められる。しかし、どんな時代でも、社会にとって最も重要な研究課題は、オリジナルな研究としかならないものだと思う。その意味で、利益を追求する研究とオリジナルな研究のバランスがとれた政策が重要だと思う。