遺伝子プール

「生命進化の8つの謎」7章性の起源からの引用

 動物や植物、そして一般に真核細胞での性の過程の本質は、両性の性細胞である「配偶子」の融合によって「接合子」という一個の細胞が生じ、そこから出発して新しい個体ができてくることである。配偶子は標準的には一揃いの染色体しかもっていない。つまり「半数体」なのだ。したがって、接合子は二揃いの染色体をもつ「二倍体」である。よって新しい個体は両親から遺伝情報を受け取ることになり、長い目で見ると各個体は多数の祖先から遺伝子を受け取り、また多数の子孫に遺伝子を分配することができる。このことから、「遺伝子給源(プール)」の概念が生まれた。今では別の個体の中に離ればなれになっている遺伝子でも、その祖先をたどれば過去には同じ個体の中にあったかもしれないし、また子孫の中で再び合流するかもしれないという考えである。つまり生物の種、すなわち交雑し合うことが可能な一群の個体は、共通の遺伝子プールをもった進化の単位をなしていることになる。

 人間の祖先がアフリカ人であるという仮説もこのあたりの考え方から来るのであろう。長い期間を考えれば、すべての人間が遺伝子的につながっている。いや動物として遺伝子的につながっているのかもしれない。

 最初にはっきりさせておくべき点は、生物学者はしばしば「有性生殖」と言うけれども、実は性の過程は生殖(reproduction=再生産)の正反対であることだ。生殖では一個の細胞が二個に分裂する。性の過程では二個の細胞が融合して一個になってしまう。生殖が続くためには、性は必要ですらない。多くの単細胞生物や一部の動植物は、性なしにいつまででも生殖を続ける。受精なしに発生をとげていく卵の生殖は単為生殖とか処女生殖と言われる。昆虫には、単為生殖する雌だけからなる種がいくつもある。爬虫類にも、遺伝学的に同じ娘ばかりを産む雌だけからなっている種がある。アメリカのハシリトカゲの一つであるアレチハシリトカゲはそうした種であり、起源はわりあい新しくて、100万年というよりは何千年という程度の古さで、おそらく有性の二種の交雑から生じた雌に由来するのではないかと思われる。植物では単為生殖はさらに普通に見られる。たとえば大部分のタンポポやイチゴやハゴロモグサは性なしに生殖する。哺乳類に単為生殖するものがなく、鳥類にも単為生殖の種が知られていないのは奇妙なことだ。ただし飼育されるようになった変種では単為生殖が知られていないわけではない。このように、性の説明がどうであるにせよ、性なしに生殖が続けられないとは言えないのだ。

 この部分の前提は、非常に大事だと思う。環境を考える上で、自然体系とはどういうものなのかをある程度理解していないと間違った判断をしてしまう。環境ホルモン問題でも、雄が雌化する過程がどうのようなものなのかが理解されないで問題とされていた。魚の中には普通に雄が雌化する種があるし、ここに書かれているように最初から雌しかいない種も存在する。
 著者は、トカゲの場合、有性だった二種が交雑して雌しかいない種ができたと考えているみたいだ。そうなると有性のものから単為生殖する種が生まれたことになる。これも進化のひとつの過程として見られている現象だということだ。
 哺乳類と鳥類には、単為生殖するものがいないと著者は書いている。そして、それが奇妙なことと言っている。哺乳類の我々からすれば有性生殖が当たり前で、雄と雌が存在する、つまり男女が存在することの方が当たり前だと感じてしまう。しかし、少し視野を広げると自然には哺乳類とは違う生殖が存在していることになる。そして、それらの種と我々人間とは種の壁というものがあり、簡単にはその壁を超えることはできない。
 こういったことを十分理解した上で、環境問題を考えていかなければならないと思っている。