夏 祭 り

 墓だけでなく、谷中というところは、寺と神社が多い。どこかに古い東京が残っているせいか、お祭りというと、張り切る土地柄のようだ。
 夏祭りともなると、朝のうちから、どこかで稽古をしているのか、気の早い祭りばやしが風に乗って流れてくる。
(略)
 「今年は生憎カゲ祭りだけどさ。それでもにぎやかなもんだよ。」
 ときんが説明する。お祭りには、一年置きに本祭りとカゲ祭りがある。本祭りは本式ににぎやかにやり、カゲは多少控え目にする。氏子の負担を考えた生活の知恵というところだろうか。
向田邦子著「寺内貫太郎一家」(新潮文庫

 ここで、描かれているお祭りは、諏方神社の夏祭りだと思います。夏祭りが三日間行われること、貫太郎の妻の里子が新しい浴衣を夜なべで縫い上げるはなし、姑のきんがはしゃいで話す縁日のことなどから連想できます。諏方神社の夏祭りには、本祭りとかげ祭りがあり、小説の中で説明されているような理由があるのでしょう。森まゆみさんは、「谷中スケッチブック」の中で、「昭和五十九年の本祭りで、大きな御輿がでた。翌年、翌々年はかげ祭りだからでないのである。」と書かれています。御輿は谷中を練り歩き、午後には弊社の東京工場のあった三河島の方まで回ったと書かれています。そう言えば、三河島に住んでいると春祭りと夏祭りがあるように思えます。春が以前紹介した浅草の三社祭で、夏が諏方神社の祭りなのかもしれません。谷中を始め、下町の人は、とにかく祭りが好きです。