科学①

 『「みんなの意見」は案外正しい』の著者であるジェームス・スロウィッキー氏の科学のとらえ方を紹介する。同書の第8章に科学についてのその見方が述べられている。
 まず、SARSの広がりが中国で確認された時にWHOが発足させた国際プロジェクトについて述べられている。このプロジェクトは、病原菌の特定を目的としていた。参加した国は、10カ国にのぼり、各国の研究所は、毎日のようにテレカンファレンスに参加し、研究成果を共有し、その後の調査の方向性を議論し、現状のデータを検討した。その結果、わずか数週間でSARSウィルスの病原菌であるコロナウィルスを特定することに成功した。
 まず、ジェームス・スロウィッキー氏は、

 特定の個人がSARSの原因を突き止めたとは言えない。複数の研究所からなるグループがコロナウィルスを「みんなで発見」したのである。各研究所が独自に研究を進めていたら、ウィルスの分離には何ヶ月も何年もかかったかもしれない。だが、協力することでわずか数週間で分離に成功した。
 このプロジェクトに厳密な意味でのリーダーは存在しなかったが、成功を収めた。ネットワークに参加した研究所は必要なデータをすべて共有し、毎朝意見交換をすることに同意したが、それ以外は参加者の自主性に任されていた。
 研究所は各々が確信に近いと信じる研究にフォーカスする自由を与えられ、得意分野での知見を活かせた一方で、他の研究所のデータや分析結果から得られた貴重な研究成果にリアルタイムでアクセスできた。その結果、この急ごしらえの国際的な研究ネットワークは、ほかのどんなトップダウンの研究組織にも負けないくらい迅速に、効率的に与えられた問題に対する答えを発見した。

と述べている。プロジェクトの成功は、複数の研究所からなるグループの発見であり、そこには厳密な意味でのリーダーは存在していなかった。プロジェクトを推進するにあたって、研究所の自主性は維持され、お互いの研究成果をリアルタイムで共有することができていた。独自性と多様性、そして信頼関係を持った集団組織運営が迅速かつ効率的に結果を出せた要因であると指摘している。また、この組織は、

これは現代科学の進歩の源泉を端的に示す好例である。今日の科学的研究はいろいろな意味できわめて集合的な営みだ。

と述べている。

 協力のおかげで、科学者は本から知識を得るようなアプローチとは違う、ダイナミックなアプローチでさまざまな知識を結びつけられるようになった。
 協力がうまく機能すると多様な視点が得られる。SARSウィルスを特定するプロセスの初期に、研究所ごとに原因として想定されていたウィルス像が異なっていたということは、それだけ幅の広い選択肢が検討されたということでもある。

 お互いに協力し合うことで多様性が生まれ、結果的に研究の生産性が上がったと指摘している。

 しかし、SARSウィルスの発見に見られたようなグローバルな協力体制はまだ珍しい。いまなおほとんどの共同研究は研究拠点が物理的に近い科学者同士で行われている。
 SARSの事例は、こうした態度が変化する可能性を示している。テクノロジーの発達はグローバルな協力体制を可能にするばかりか、手軽に生産性の高い協力体制をつくることを可能にする。大学、さらには国家という枠を超えて研究する価値は明らかに大きい。逆に、自分が所属する学部やワークグループの持っているスキルだけに依存するのは自滅的とも言える。

 科学全般に視野を広げるとSARSの国際プロジェクトのような集団的営みは、まだまだ珍しいと指摘している。ただし、独自性と多様性、そして信頼関係を持った集団的営みが、数多く実施されれば、科学の世界は飛躍的に発達すると述べている。


続く