第六回口頭弁論

 4月14日(金)、横浜地裁で環境ホルモン訴訟第六回口頭弁論がおこなわれた。今回は、残念ながら傍聴することは出来なかった。環境ホルモン濫訴事件:中西応援団のホームページやその関係者のブログを見ると、今回は原告のパフォーマンスもなく、粛々とおこなわれたらしい。
 コメントを読んでいると、二つの指摘があった。一つは、原告が代理人弁護士にちゃんと情報を伝えていないのではないかとの推測。もう一つは、インターネット上でこの裁判が注目されることを原告側が嫌がっているとの意見。この二つとも傍聴した第五回口頭弁論で感じていた事柄だった。
 原告は思いこみが非常に強い人物に見えた。従って、言ったつもりで言っていないなんてことが起きている。代理人にしても、代理人を引き受ける際に、この原告の性格をどれだけ理解していたのか不明だ。自分たちの関係している市民団体にとって好ましくない意見が出始めていることに危機感を感じ、その一つの意見に憤慨している環境ホルモン学会の先生を利用しようとしたとしかみえない。プレリリースの速さを考えても十分話し合った上での訴訟をおこしたとはみえない。市民団体にとっては、訴訟内容など関係なく、報道に向けたプレリリースを出すことが重要だったのだろう。
 もう一つのインターネット上での反応に対して、異常なまでに反応していることがあげられる。第五回口頭弁論でも、その主旨の発言が代理人からあった。この代理人が運営している市民団体は、確か弁護士が発起人となって運営されているはずだ。弁護士とは、司法試験に合格して選ばれた人たちだ。市民でもあるが、多くの市民を代表しているわけではない。環境省が主催する化学物質に関する円卓会議(題名を間違えているかも知れない)でも、市民を代表してこの代理人が出席しているけれども、これが市民の代表意見?と疑問を感じる発言が目立つ。これは、推測だが、この市民団体は、多くの市民の意見を集約して運営されているのではなく、一部の弁護士の意見で運営されていて、一部の市民がそれに賛同しているだけなのではないかと思われる。政治家と市民の関係と何ら変わりない権力者と市民の関係に近い気がする。こうした人たちにとって、不特定多数、自分達とは違った意見を持った人たちは、非常にいやな存在に移るらしい。そのため、異常ともいえる行動に出るのだと思う。つまり、インターネットがどうあるべきかということは二の次で、自分たちの権力を保護することが大事なのだろう。
 市民全員が主役といった社会は、実現不可能だろうけれども、今よりは多数が意見を自由に述べられる時代が、必ずやってくると思う。その時、特権を持った人たちが抵抗することが予想される。そういう意味でも、この裁判は注目していかなければならない裁判だ。