鳥瞰図的な見方とトレードオフ

 「環境問題は、鳥瞰図的な見方をすべきである。」と安井先生が市民のための環境学ガイドで度々訴えている。「短期的な見方だけなく、長期的な見方もしてみる。」「限定した場所だけでなく、世界・地球規模で見てみる。」といった意味だと思う。
 また、リスクコミュニケーションでは、「ゼロリスクは存在せず、必ずハザードがあり、ベネフィットと比較してリスクを判断しなければならない。また、判断の際にトレードオフも考慮して考えるべき。」と主張している。
 この鳥瞰図的な見方、リスクコミュニケーションに対する考え方と同じ視点で、「今後のWeb2.0と企業情報システムとの関係」を述べているホームページを見つけた。ITPro Enterpriseの記事の眼というコラムである。日経コンピュータの小野口記者が、「ウェブ進化論」の梅田望夫氏にメールでしたインタビューが掲載されている。

Web2.0と言われるWebの世界で起こっている変化が、企業情報システムに及ぼす影響をどう考えていますか。

 Web 2.0は世の中のさまざまなものに変化を及ぼすことになる。しかし、企業の情報システムに変化を及ぼすのが最後になると思う。最初に影響するのは、トランザクション処理を伴うような基幹系システムではなく、社内で情報を共有したり、データを分析して経営戦略に役立てるといった、いわゆる情報系システムになるだろう。
 金融機関の勘定系システムなど、基幹系と呼ばれてきた部分は、企業がビジネスを進めるために欠かせないもの。したがって今後も情報システムの重要な一要素であり続ける。ただし、企業の意思決定や、新たな価値の創造に貢献する、これまで情報系と呼ばれていた部分が、より重要性を増していくと思う。この分野で、Web2.0が及ぼす可能性は強大だと考えている。
 ただし、本当にその可能性を追求する企業はかなり少ないのではないかと思っている。私は『ウェブ進化論』の中で、「神の視点からの世界理解」という表現をした。神の視点とは、全体を俯瞰する視点のこと。検索を例にとると、検索エンジンの提供者は、個別の検索要求のデータを集計することで、世の中の不特定多数の人が何を知りたがっているかを把握できる。
 やや大げさにいえば、企業は自社を取り巻く状況、つまり世界の動きを「神の視点」から理解し、それをリアルタイムに経営にフィードバックできるようになるのだろうと考えている。ただ、そういうことのメリットと、自らをオープンにすることのデメリットを天秤にかけると、なかなかそういう方向にシフトしていける大企業は少ないように思う。メリットといっても、茫漠とした感じだからだ。それに引き換え、デメリットははっきり分かる。

 この中で梅田氏は「神の視点からの世界理解」という表現を挙げている。安井先生の「鳥瞰図的な見方」とほぼ同じ意味だと思う。梅田氏は、Web2.0を企業が導入すれば、自社を取り巻く状況、世界の動きを鳥瞰図的な視点で理解出来ると言っている。ただし、そこには企業の情報公開によるデメリットも存在し、そしてメリットとデメリットの間にはハザードがある。企業は、漠然としたメリットよりもハッキリ分かるデメリットを選ぶ可能性が高いと見ている。従って、Web2.0は緩やかに導入されていくだろうと述べている。
次の質問。

メリットを理解したユーザー企業は、Web2.0をどう受け止めて、どういった対応を進めればいいのでしょうか。

 Web 2.0への取り組みに必須なことは「企業の開放性」だと考えている。技術の問題ではなく、この「開放性」が真の問題となる。「開放的」な経営を志向する会社が、まずWeb 2.0に取り組むことによって新しい競争力を得る。そういう事例を目にしてから、旧来型組織が少しずつ動くという感じになるだろう。いずれにせよ時間がかかる。10年くらいのスパンでゆっくり変わっていくことになると思う。
 ここで、「トレードオフ」という概念の重要性を指摘しておきたい。「絶対に間違いがあってはならない」「たった一度でも悪いことが起きてはならない」という前提を置いてしまうと、「開放性」を伴うWeb 2.0への取り組みはできない。
 そこにコスト意識を入れて、「このコストでこういう効果、その場合はこういうマイナスもある」ということを冷静に評価する姿勢が重要だ。コスト構造が何ケタも変化しても、トレードオフで考えるという概念がなく、システム稼働率「99.999999999%」を絶対至上のものとすれば、Web 2.0を推進することはできない。
 経営の開放性についての企業の考えは、大企業、大組織であれば日米でほとんど差はない。ただし、今の日本ではセキュリティやコンプライアンスなど、開放性と逆行する議論の方が多くなっている。日本の大企業は、一つのマイナスも絶対にあってはならないという発想で、情報を隠蔽するマネジメントに大きくシフトしている。その結果、生産性に著しいマイナスを及ぼしはじめているのではないかと危惧している。

 梅田氏は、日本企業が情報開示に消極的で、そのことが、生産性に著しいマイナスを及ぼし始めていることを危惧されている。ここでの論点は、「トレードオフ」を認めるか否か。この部分で日本は遅れているとの指摘である。確かに企業が絶対至上主義から脱却できなければ、Web2.0の導入は難しいのであろう。僕は、企業のこの部分を変えていってくれるのが、市民とのリスクコミュニケーションであり、CRSだと思う。また、企業の市民への情報公開は、インターネットでなければ処理出来ないと思っている。大企業だけなら新聞やテレビなどのメディアで処理出来るかも知れないが、中小企業を含めた対応となると新聞やテレビでは情報を裁ききれないからだ。
 「ウェブ進化論」を読むと梅田氏の考え方の手法は、扱っている分野は異なるものの、安井先生や中西先生と同じように思える。リスクコミニケーションを安井先生は、「人間の叡智の結果」と言っているが、21世紀はこの考え方が理解出来なければ通用しない時代になるかも知れない。2者択一の是非論はもう時代遅れになるのでは。