分子数の平方根の法則([tex:\sqrt{n}]の法則)

E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。

 いまある気体が、ある温度と圧力の条件下である密度をもっているとする。これを私が、ある容器の中に、この条件の下で気体分子がちょうどn個含まれている、という言葉で表現したとする。すると、もし皆さんが私の言ったことを、何か特定の一瞬間に検査してみることができたなら、きっと皆さんは、私の言ったことが不正確での程度だけ外れていることを見いだすだろう。そこで、もしn=100ならば、はずれは約10で、したがって誤差率は10パーセントとなるが、もしnが100万ならばおそらく約1000のはずれが見いだされ、誤差率は10分の1パーセントになる。
 物理学や物理化学の法則は\sqrt{n}分の1の程度の確率誤差をもってその範囲内で不正確なものである。ただし、nというのは、その法則をもたらすのに関わった分子の数である。
 以上のことから、生物体は比較的粗大な構造をもっていなければ、内的な生活と外界との交渉との双方において、かなり判然とした法則の恩恵をこうむることができないことが分かる。なぜなら、関与する粒子の数が少なすぎたなら、「法則」は不精密になりすぎてしまう。100万という数は確かに大きな数だが、その場合の1000分の1という誤差は、「自然の理法」の威信を示すには、はなはだ優れた精度とはいえない。

 個々の気体分子はランダムに動き回っている。物理学の法則が\sqrt{n}分の1程度の確率誤差を持っているとしたら、法則が成り立つためにはそれなりの分子の数が必要になってくる。
 自分の肺活量は、4100ccだから1回の呼吸ではその半分ぐらいの2000ccぐらい空気を吸っていると仮定する。常温常圧で空気は約22.4リットルに約6\time10^{23}個分子が入っているから、1回の呼吸で約5.4\time10^{22}個の空気を吸っていることになる。
 このぐらい大きな数値になってくると確率誤差は2.3\time10^{11}分の1、つまり約10^{-9}%ぐらいになってくるので化学結合の法則が成り立ってくることになるのだろう。
 分子の数が100万、つまり10^{6}程度では、自然法則が成り立つ精度ではないということだ。そして、生物が生存していくのに必要な機能を発揮する感覚器官などは、それなりの大きさでなければ秩序性を維持できないことになる。

前回までのE.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約