測定の精度の限界

E.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約。

 一つの軽い物体を一本の細くて長い繊維で吊して、釣り合いの位置に保たせたものを、物理学者は弱い力を測定するのによく使う。これは「ねじり秤」といって、ごく普通に使用される仕掛けだが、それの精度を改良しようとする努力が続けられたあげく、ある気妙な限界にぶつかってしまった。吊す物体としてだんだん軽いものを選んでゆき、また繊維としてますます細くて長いものを選んでいったところ、ある限界に到達した。それは、吊した物体が周囲にある分子の熱運動の衝撃を目立って感ずるようになり、釣り合いの位置の近くで絶えず不規則に「踊り」はじめたのだ。この装置のブラウン運動の影響を消去するためには測定の回数を増やさなければならない。われわれの感覚器官は結局のところ、一種の測定装置である。もしそれがあまりに敏感になりすぎたらどんなに役に立たないものになるかこの例からも想像がつく。

 前々回引用した酸素分子の磁場での影響と昨日引用したミクロブラウン運動、そして今日引用しているねじり秤の精度限界は、原子の無秩序さが影響してしまう例である。何れも我々の感覚器官(例えば、音を感知する部分や臭気を感じる部分、そして光を感知する部分)があまり敏感すぎると、いらない情報までも感知してしまい、得たい情報が正確に得られなくなることを裏づけるものだ。それを避けるにためには、感覚器官がある一定の大きさ以上でなければならないことを指し示している。

前回までのE.シュレーディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波新書 青版)」からの要約